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'''橘 外男'''(たちばな そとお、[[1894年]][[10月10日]] - [[1959年]][[7月9日]])は、[[日本]]の[[小説家]]。[[石川県]]出身。甥に[[少年画報社]]の漫画編集者で『[[ヤングコミック]]』創刊者の橘賢がいる。
陸軍
戦前は貿易会社や医療機器店等に勤務していたが、戦争で海外貿易が縮小したこともあり、[[1942年]]と[[1943年]]に[[満州国]]に家族で移住している。1度目の渡満では[[満州書籍配給株式会社]]に勤務したが、満州の衛生状態の悪さに辟易して帰国した。2度目は[[満洲映画協会|満州映画協会]]に嘱託として勤務し、そのまま終戦を迎え、[[1946年]]に帰国した。
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終戦直後の[[新京]]では、敗戦国民である日本人は物資不足とソビエト兵による暴行と略奪に苦しめられた。この時の経験を基にして書かれた「満州物」と呼ばれる一連の小説は、独自の文体と相俟って、その悲惨さを余すところなく伝えており、資料的にも高い価値がある。
帰国後は[[カストリ雑誌]]から少女誌まで幅広く活躍し、その内容も怪談から一種の
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*太陽の沈みゆく時 日本書院 1922-23
*主よ御許に近づかん 日本書院 1925
*艶魔地獄 一名或る死刑囚のグリンプス 日本書院出版部 1925
*地に残る影 日本書院 1927
*「ある小説家の思い出」上下 [[中公文庫]](1978年)▼
*酒場ルーレット紛擾記 春秋社 1936
*米西戦争の蔭に 春秋社 1937
*「妖花―ユウゼニカ物語」 同([[1988年]])▼
*祖国を脱れて 春秋社 1938
*ナリン殿下への回想 春秋社 1938 のち現代教養文庫
*妖花イレーネ 六月社 1947
*怪人シプリアノ 暁社 1947
*ウニデス潮流の彼方 時事通信社 1948
*泥寧 板垣書店 1948
*コンスタンチノープル 東和社 1949 のち中公文庫
*青白き裸女群像 名曲堂 1950
*怪猫屋敷 山茶花屋敷物語 偕成社 1952
*双面の舞姫 偕成社 1954
*女豹の博士 河出新書 1955
*私は前科者である 新潮社 1955
*神の地は汚された 河出新書 1956
*ハレムの寵妃 鱒書房 1956
*見えない影に 大日本雄弁会講談社 1957 (ロマン・ブックス)
*地底の美肉 東京ライフ社 1958
*私は呪われている 三笠書房 1958
*ある死刑囚の手記 六曜社 1960
*死の蔭探検記 社会思想社 1977.7 (現代教養文庫
*ベイラの獅子像 社会思想社 1977.12 (現代教養文庫
*「逗子物語、怪人シプリアノほか全10篇――橘外男集・怪奇探偵小説名作選5」
: [[日下三蔵]]編 [[ちくま文庫]]、[[2002年]]
▲*『橘外男ワンダーランド』(第Ⅰ期全6巻、[[山下武]]編、中央書院)[[1994年]](平成6年)
==エピソードなど==
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