「イタリア社会共和国」の版間の差分

m (ロボットによる 変更: eo:Itala Sociala Respubliko)
 
===RSI政府の樹立===
イタリア地方に進駐を開始したヒトラーであったが、バドリオ政権が寝返った以上、統治する上において同じファシストを奉じる勢力を作る必要があり、その白羽の矢を旧友ムッソリーニに立てた。ヒトラーの思惑の下、[[オットー・スコルツェニー]]率いる特殊部隊によって救出されたムッソリーニは[[9月15日]]に[[東プロイセン]]の[[ラステンブルグ]]でヒトラーと会談し「国家社会主義に基づいた共和制国家」の樹立に同意、[[9月23日]]にムッソリーニを国家元首とする'''イタリア社会共和国'''('''RSI''')が建国された。この国家は、ムッソリーニが元首と外務大臣を兼務し、形の上ではムッソリーニの独裁体制を復活させた。ムッソリーニは胃癌により衰弱していたが、ヒトラーはミラノ・トリノ・ジェノヴァなど北イタリアの大都市を破壊するより有効に活用したいと考えていた。
 
ムッソリーニとファシスト党の強硬派によって築かれた新国家は王国政府の休戦を「'''不名誉な裏切り'''」と非難し「'''名誉ある継戦'''」を主張、イタリアはローマ以北のイタリア社会共和国とローマ以南のイタリア王国に別れての内戦状態に突入した。当然、共和国は連合国側に承認されなかったが枢軸国側の[[日本]]は新政権を承認し、大使館を[[ヴェネツィア]]に置いた。イタリア社会共和家統領と外務大臣を兼務して独裁体制を復活させた同政権は枢軸軍が占領していたローマを法的な首都に定めたが、治安上の問題からミラノとヴェネツィアの中間に位置するサロを臨時首都とした。
 
===衛星国としての出発===
匿名利用者