「蛎塚新田」の版間の差分

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'''蛎塚新田'''(かきづかしんでん)は、[[三重県]][[桑名市]]の[[地名]]で、大和地区の[[地域]]内である。
 
[[郵便番号]]は511-0861。[[人口]]は382人(2009年9月30日現在、『桑名市公称町名別人口』による<ref name="人口">桑名市役所財産・情報管理課統計係『[http://www.city.kuwana.lg.jp/img/files/shisei/toukei/200909_koushouchou.xls 公称町名別人口』](2010年5月9日閲覧。)</ref>)。
[[郵便番号]] 511-0861
 
== 概要 ==
市の地理的中心部に位置する。[[古墳時代]]の[[貝塚]]があり[[土師器]]・[[須恵器]]・[[カキ (貝)|牡蛎殻]]などが出土している。
 
== 地理 ==
桑名市の中央部に位置する。[[古墳時代]]の[[貝塚]]があり[[土師器]]・[[須恵器]]・[[カキ (貝)|牡蛎殻]]などが出土している。地形的には東部は[[平地]]で西部は[[丘陵]]で、旧来からの[[集落]]は西部にある<ref name="平凡19">平凡社(1983)、119ページ</ref>。特に東部で[[稲作]]が卓越している<ref name="角川11">「角川日本地名大辞典」編纂委員会(1983)、1211ページ</ref>。住民による[[自治]]組織には蛎塚東[[自治会]]と蛎塚西自治会がある<ref>『[http://reiki.city.kuwana.mie.jp/reiki_int/reiki_honbun/r0690618001.html#b1 桑名市就学等に関する規則]』(2010年5月8日閲覧。)</ref>。
;[[川|河川]]・[[橋]]
*沢北川
;[[池]]
*蛎塚大溜池
*蛎塚小溜池
北は下深谷部(しもふかやべ)、東は東汰上(ひがしゆりあげ)・西汰上・北別所、南及び西は播磨・西方(にしかた)に接する。[[揖斐川]]河畔に[[飛び地]]があり、上之輪新田・福島(ふくじま)・東汰上と隣接する。
 
== 地域歴史 ==
古くは[[弥生時代]]から[[鎌倉時代]]のものと見られる蛎塚貝塚が発見されているほか、[[持統天皇]]の潜幸の地という説(『勢陽五鈴遺響』による<ref name="角川09">「角川日本地名大辞典」編纂委員会(1983)、309ページ</ref>)や桑名郡家跡地という説<ref name="扉">飛鳥の扉『[http://www.asuka-tobira.com/jinshin/keika.htm 「壬申の乱」の舞台を訪ねて]』(2010年5月8日閲覧。)</ref>もあり、太古の時代より開けていたと考えられているが、「蛎塚新田」の地名が[[史料]]中に見られるのは[[江戸時代]]以降である。この頃には[[伊勢国]][[桑名郡]]に属し、[[桑名藩]]の配下にあった<ref name="角川09"/>。『元禄郷帳』では、北隣の下深谷部村の枝郷として記載されている<ref name="角川10">「角川日本地名大辞典」編纂委員会(1983
;[[施設]]
)、310ページ</ref>。山中に[[冷泉]]があり、薬効を求めて[[湯治]]客が多く集ったという<ref name="平凡19"/><ref name="角川10"/>。これに関連して[[明治]]初期には[[温泉]]開発が持ち上がったものの、不許可となったため実行されなかった<ref name="平凡19"/>。
*蛎塚ふれあいセンター
*蛎塚霊園
;[[企業]]
*[[水谷建設]]
 
明治時代になると[[桑名郡]]大山田村の[[大字]]となり、従来通り[[農業]]主体の[[村落]]として続いてきた<ref name="角川10"/>。[[1872年]](明治5年)[[3月18日]]に[[大雨]]による[[山崩れ]]が発生し、[[民家]]2軒が被災した<ref name="平凡19"/>。これ以後は集落が西部の丘陵から東部の平地へ移っていった<ref name="平凡19"/>。
== 観光 ==
[[第二次世界大戦]]以後は、水谷建材や光精工の進出と[[国道258号]](大桑国道)や[[東名阪自動車道]]の開通により人口が増加した<ref name="角川10"/>。
;[[史跡|旧跡]]
=== 沿革 ===
*蛎塚貝塚
* [[1889年]](明治22年)[[4月1日]] - [[町村制]]施行により、桑名郡大山田村大字蛎塚新田となる。
*南外面遺跡
* [[1929年]](昭和4年)[[2月11日]] - 大山田村が町制を施行、即日改称により、桑名郡西桑名町大字蛎塚新田となる。
* [[1937年]](昭和12年)[[3月20日]] - [[市町村合併|町村合併]]により、桑名郡桑名町大字蛎塚新田となる。
* 1937年(昭和12年)4月1日 - 桑名町の市制施行により、桑名市大字蛎塚新田となる。
 
=== 地名の由来 ===
文字通り、地下に多くの貝殻層<ref name="角川09"/>、特にカキが多い<ref name="平凡19"/>ことから命名されたとされる。ただし、『勢陽雑記』・『三国地誌』などには「柿塚」という表記が見られる<ref name="角川09"/>。
=== 人口の変遷 ===
{| class="wikitable" style="background-color:#fee0fb width:40%; text-align:right"
|-
|style="color:#fff; background-color:#33ff00" |'''統計年次〔年〕'''
|style="color:#fff; background-color:#33ff00" |'''世帯数〔世帯〕'''
|style="color:#fff; background-color:#33ff00" |'''総人口〔人〕'''
|style="color:#fff; background-color:#33ff00; text-align:center" |'''出典'''
|-
|[[文政]]12([[1829年|1829]])
|41
|205
|『案内雑書』<ref name="平凡19"/>・『桑名郡志』<ref name="角川10"/>
|-
|明治16([[1883年|1883]])
|42
|202
|『桑名郡志』<ref name="角川10"/><ref name="平凡19"/>
|-
|昭和33([[1958年|1958]])
|55
|291
|『角川日本地名大辞典』<ref name="角川10"/>
|-
|昭和55([[1980年|1980]])
|100
|431
|昭和55年度[[国勢調査]]<ref name="角川11"/>
|-
|平成21([[2009年|2009]])
|135
|382
|『桑名市公称町名別人口』<ref name="人口"/>
|}
== 小・中学校の学区 ==
[[公立学校|公立]]の[[小学校|小]]・[[中学校]]に通う場合、桑名市立大和小学校、桑名市立成徳中学校となる<ref>『[http://reiki.city.kuwana.mie.jp/reiki_int/reiki_honbun/r0690618001.html#b1 桑名市就学等に関する規則]』による。同規則によると、桑名市では自治会単位で学区を編成しており、蛎塚新田の自治会である蛎塚東自治会及び蛎塚西自治会が大和小・成徳中の学区に指定されている。</ref>。
 
== 交通 ==
[[養老鉄道]][[養老鉄道養老線|養老線]]が縦断しているが、蛎塚新田には[[鉄道駅|駅]]は設置されていない。最寄り駅は同線の[[下深谷駅]]または[[播磨駅]]。[[路線バス]]は設定されていない。
;[[道路]]
*[[東名阪自動車道]]
**[[桑名東インターチェンジ]]
**[[大山田パーキングエリア]](下り線)
*[[国道258号]]
*[[三重県道105号福島深谷線]]
 
;[[高速道路]]・出入口
== 概要施設 ==
*[[東名阪自動車道]]
*[[桑名東イ蛎塚ふれあいセンターチェンジ]]
*蛎塚霊園
*[[大山田パーキングエリア]](下り線)
* [[和食さと]]桑名東インター店
*[[水谷建設]]本社
* 光精工株式会社本社
 
== 観光史跡 ==
*蛎塚貝塚 - [[古墳時代]]を中心とした[[遺跡]](貝塚)<ref name="貝塚">桑名市教育委員会『[http://bunka.city.kuwana.mie.jp/html/burying/032.html 桑名市 遺跡包蔵地/蛎塚貝塚]』(2010年5月8日閲覧。)</ref>で標高9[[メートル|m]]のところにある<ref name="平凡19"/>。[[須恵器]]や[[カキ (貝)|カキ]]の[[貝殻]]などが出土している<ref name="貝塚"/>。明治時代の調査では約3,000[[平方メートル|m<sup>2</sup>]]、貝層の厚さ3mに及んだとされるが、現在は県神社周辺でわずかに貝殻が認められるのみである<ref name="平凡19"/>。
* 縣神社(県神社) - [[壬申の乱]]の際に[[大海人皇子]]の一行が滞在した桑名郡家の跡ではないか、という説がある<ref name="扉"/>。県大明神とも称する<ref name="平凡19"/>。
 
*南外面遺跡
 
 
== 脚注 ==
{{Reflist}}
 
== 参考文献 ==
* 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『[[角川日本地名大辞典]] 24三重県』[[角川書店]]、昭和58年6月8日、1643pp.
* 『三重県の地名』日本歴史地名大系24、[[平凡社]]、1983年5月20日、1081pp.
 
== 外部リンク ==
 
{{DEFAULTSORT:かきつかしんてん}}
{{Japan-geoblock-stub}}
{{Pref-stub|pref=三重県}}
[[Category:日本の町・字]]
[[Category:三重県の地理]]
[[Category:桑名市]]