「柳賢振」の版間の差分

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Volfgang (会話 | 投稿記録)
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高校時代は[[宣銅烈]]2世と呼ばれた光州出身の[[韓基周]](ハン・ギジュ、[[起亜タイガース]])の影に隠れていた。
 
仁川出身で出身校である東山高校も仁川所在だったため、[[SKワイバーンズ]]が優先的に指名できた。しかし、当時捕手の補強に重点を置いたSK球団のスカウト陣の判断で1次ドラフトでSKに指名されず、2次ドラフトに流された。2次ドラフトでハンファ・イーグルスの指名を受けた。入団の時は韓基周の方にメディアの関心が集中され、契約金も韓基周の3分の1くらいであったったが、プロ1年目の実績は大きな差をつけ、現在は伸び悩んでいる韓基周より格上の評価を受けている。
 
2006年はルーキーでありながら、最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手三冠を独占、ハンファの韓国シリーズ進出の原動力となった。2007年も17勝をあげ、最多奪三振のタイトルを獲得し、チームのポストシーズン進出に貢献。2年目のジンクスという言葉とは無縁な活躍ぶりを続けた。