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ヘンリー・パーセル

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| Blood = <!-- 個人のみ -->
| School_background = <!-- 個人のみ -->
| Born = [[1659年]][[9月10日]]?
| Died = [[1695年]][[11月21日]]<br>{{ENG}}、ウェストミンスター
| Origin = {{ENG}}、[[ウェストミンスター]]
}}
{{クラシック音楽}}
'''ヘンリー・パーセル'''('''Henry Purcell'''、[[1659年]][[9月10日]]?-[[1695年]][[11月21日]])は[[17世紀]][[イギリス]]の[[作曲家]]である。[[イタリア]]や[[フランス]]の影響を受けつつ独自の音楽を生み出した、もっとも優秀なイギリス人の作曲家の1人として知られている。
 
'''ヘンリー・パーセル'''('''Henry Purcell'''、[[1659年]][[9月10日]]?-[[1695年]][[11月21日]])は[[17世紀]][[イギリス]]の[[作曲家]]。[[イタリア]]や[[フランス]]の影響を受けつつ、独自の音楽を生み出した、もっとも優秀なイギリス人の作曲家の1人として知られている。
 
==概要==
[[ウェストミンスター]]に生まれ少年期には王室付属礼拝堂少年聖歌隊の一員として後には王室付きの調律師として活躍し、18歳の若さで王室弦楽団の常任指揮者・作曲家となった。21歳で[[ウェストミンスター寺院]]の[[オルガニスト]]、更に王室礼拝堂のオルガニストにも就任、同時に祝祭音楽や劇場の付随音楽、宗教曲を含む合唱曲などの作曲を通して名声を高め宮廷音楽家としてロンドン市民に親しまれたが36歳の若さで世を去り、職場であったウェストミンスター寺院に眠っている。
 
この短い生涯の間に彼が残した曲はおよそ400曲以上あるがどれも[[エリザベス朝]]時代のイギリス音楽が持つ諸要素と彼が取り入れたイタリア・フランスの風が巧く融合し、自由奔放な彼独特の世界観を醸し出している。
 
なお、小惑星(4040)の[[パーセル (小惑星)|パーセル]]は彼に因んで命名された。
 
==作品==
作品の後につけられているZはパーセルの作品目録の番号でそれ以外に4つありZN は新発見された曲で、ZT は鍵盤楽器用の編曲で、ZD は疑作、ZS は偽作と分けている。
 
===歌劇===
* [[ディドとエネアス]]  Z.626
* 予言者、またはダイオクリージャン Z.627
* [[アーサー王 (オペラ)|アーサー王、またはブリテンの守護者]]  Z.628
* [[妖精の女王 (オペラ)|妖精の女王]] Z.629
* インドの女王 Z.630
* テンペスト、または魔法の島 Z.631
 
===劇付随音楽===
* アンセスのタイモン、または人間嫌い Z.632
 
===疑作の舞台音楽===
* 劇付随音楽  無視された美徳(不幸な征服者) ZD.200
* 夜が紫のヴェールを下ろす時 ZD.201(所属不明のソング)
 
===器楽作品===
* 3声のファンタジア Z.732~734732~734
* 4声のファンタジア Z.735~744735~744
* 1つの音の上のファンタジア Z.745
* イン・ノミネ Z.746
* 3声のソナタ集 Z.790~801
* 4声のソナタ集 Z.802~811
* トランペット・ソナタ第1番  ニ長調 Z.850
* トランペット・ボランタリー
 
===チェンバロ曲===
* エア  ト長調 Z.641
* コラント  ト長調 Z.644
* 全音階によるグラウンド Z.645
 
===オルガン曲===
* ヴァース  ヘ長調 Z.716
* 詩篇第100に基づくヴォランタリー Z.721
 
 
== メディア ==
* [http://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/6/6a/Purcell_Hear_my_prayer_Sung_by_the_dwsChorale.ogg Purcell - Hear my prayer Oh Lord ]
 
== 外部リンク ==
{{commonsCommons|Henry Purcell}}
* {{IMSLP|id=Purcell%2C_Henry|cname=ヘンリー・パーセル}}
 
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