「アンナ (マリアの母)」の版間の差分

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西ヨーロッパの[[図像学]]では、アンナは赤いローブと緑のマントを身につけ、しばしば本を抱えた姿で描かれる。また幼いキリストを抱くマリアを抱いたアンナの姿を描いたものもしばしば見られる。この様子は[[三位一体]]を表しており、しばしば一対で作られる。
 
後世の[[神学者]]は、ヨアキムがアンナの唯一の結婚相手であったか、またはアンナは3回結婚したかのどちらかであると信じている。[[ダマスカスのヨアンネス]]の説教を受けた古代の人々はアンナは一度だけ結婚したと信じていた。中世後期の頃の西ヨーロッパではアンナは、1度目はヨアキム、2度目はクロパ、そして3度目はソロモンという男性と3度結婚し、それぞれとの間にいずれもマリアという名前の(マリア、[[マリア (クロパの妻)|マリア]]、[[サロメ (イエスの弟子)|マリア]])1人ずつの娘をもうけたという伝説が広まった。しかしこの説は、マリアの夫はヨアキム一人であるという立場を取るカトリック教会によって1677年に否定された。
 
4世紀ごろと15世紀ごろには、アンナは[[処女懐胎]]してマリアを出産したという信仰が起こった。この説を信じる16世紀の[[神秘主義者]][[ヴァレンティン・ヴァイゲル]]は、アンナは[[聖霊]]の力で懐胎し、マリアを出産したと主張している。この説も1677年にカトリック教会に否定された。
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