「テレグノシス」の版間の差分

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=== 2003年 ===
年明けに入ってもいい実績を残せなかったが、[[安田記念]]の前哨戦[[京王杯スプリングカップ]]で久々の勝利を挙げるが、本番の安田記念では主戦の勝浦が騎乗停止処分となったため、[[ミルコ・デムーロ]]が手綱を取るが7着と敗退。内側有利の前の馬が残る馬場であり、大外から後方一気で追い込むテレグノシスとっては不利な条件であった。その後夏場は[[フランス]]へと遠征し、同馬主で同一路線を歩む[[ローエングリン (競走馬)|ローエングリン]]と共に海外GI戦に挑戦。[[ジャック・ル・マロワ賞]]が3着、[[ムーランドロンシャン賞]]は12着。帰国後の[[マイルチャンピオンシップ]]は14着、[[香港マイル]]は7着であった。
=== 2004年 ===
年明けから3ヶ月の休養ののち、京王杯スプリングカップが2着と復調。本番の安田記念では[[ツルマルボーイ]]の差のない2着と敗退。秋は[[毎日王冠]]を制覇して東京の重賞レース3勝目を挙げる。続く[[天皇賞|天皇賞(秋)]]では[[ゼンノロブロイ]]と人気を分け合い、2番人気に支持されるが11着と敗退してしまう。このレースでは直線で大外通った人気馬らが揃って敗退し、内を通った人気薄の馬が2、3着を占めるという結果となった。この結果で鞍上の勝浦に対する信頼感が失われた。マイルチャンピオンシップでは[[横山典弘]]が手綱を取り、3着。香港マイルは14着となる。
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