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MUSASHI (会話 | 投稿記録)
郡司の氏寺
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主な代表例としては[[聖徳太子]]が建立した[[法隆寺]](斑鳩寺)や[[蘇我氏]]が建立した[[飛鳥寺]]、それに[[秦氏]]が建立した[[広隆寺]]がある。
 
地方では、その土地の豪族が氏寺を建てているのがみられる。例えば、[[相模国]]の[[国分寺]]のように伽藍様式が天平様式より古い'''法隆寺式伽藍'''であったり、瓦も白鴎様式であったりするのは、[[郡司]]の氏寺を改修して国分寺としたと推定される。また、[[小田原市]]千代台の千代廃寺からも白鳳様式の瓦が出土しおり、これも郡司の氏寺であったと考えられている。
 
[[仏教]]が、限られた[[皇族]]や有力[[豪族]]の信仰から、[[貴族]]社会全般に浸透し、[[武家]]や一般民衆まで及ぶ中世に入ると、氏寺も古代のそれとは変化していった。「[[氏]]」という一グループの信仰や供養を受ける氏寺のみならず、「氏」を構成する「家」それぞれにも氏寺(家寺と呼ぶべきか)が持たれるようになり、それぞれ氏や家に応じた仏事を執り行うようになった。