「ウェヌスとローマ神殿」の版間の差分

1913年にドイツ人建築家 Josef Bühlmann が開始した神殿内部の復元では、[[格間]]で装飾した[[ヴォールト]]型天井で覆われた2つの通路で中央の[[身廊]]を挟み、その身廊は[[コリント式]]円柱の長いコロネードで構成されていた。柱の上には二重の[[エンタブラチュア]]があり、その終端に[[エクセドラ]]があり、その上が格間で装飾された半[[ドーム]]になっていて、そこに座像があった。通路の背後の壁には台座があって小さな円柱が差し込まれている。その柱と柱の間には[[壁龕]]があり、小さな像が置かれていて、[[アーチ]]形と三角形の[[ペディメント]]が交互に並んでいる。さらに小さな像が壁面の円柱の[[エンタブラチュア]]の上に置かれている。
 
さらにハドリアヌス帝は、巧妙な仕掛けを施していた。ウェヌスは愛の女神であり、ラテン語で「愛」は "AMOR" である。これを逆から綴ると "ROMA"(ローマ)となる。つまり、ウェヌスとローマを背中合わせにして対称な神殿とすることで名前も対称になっている。ウェヌスの内陣には新婚のカップルが生贄を捧げる祭壇もあった。その左右には[[マルクス・アウレリウス・アントニヌス|マルクス・アウレリウス]]とその妻である[[アンニア・ガレリア・ファウスティナ・ミノル|小ファウスティナ]]の大きな銀製の彫像が置かれていた。
 
== 参考文献 ==
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