「哲学の慰め」の版間の差分

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[[Image:Consolation of philosophy 1385 boethius images.jpg|thumb|250px|1385年のイタリアの写本の挿絵。ボエティウスの教える姿と(上)、投獄された姿(下)、が描かれている。]]
『'''哲学の慰め'''』(De consolatione philosophiae)とは古代ローマの哲学者[[ボエティウス]]により書かれた哲学書である。
 
==概要==
[[480年]][[ローマ]]に貴族の家系で生まれたアンキウス・マンリウス・セヴェリヌス・ボエティウスは哲学の研究に打ち込んで[[プラトン]][[アリストテレス]]などの[[ギリシア哲学]]を修めていた。研究生活だけでなく、現実の政治にも参与しており、[[執政官]]の地位を獲得した後に[[元老院]]で議席を得ている。しかし反逆事件の際に政敵によって反逆罪の容疑者として疑われ、投獄されて財産没収、死刑宣告を受けた。[[525年]]に刑は執行されたが、その直前に書かれたのが本書『哲学の慰め』であった。
 
本書は5部構成でまとめられており、その文章は基本的に[[対話形式]]で記されている。またその対話の合い間で詩文が挟まれていることも文体の特徴である。ボエティウスはプラトンに代表されるギリシア哲学の影響を示しながら、この著作で特に[[倫理]]に関するいくつかの主題を扱っている。特に[[理性]]によって情念を乗り越え、[[美徳]]または[[]]の概念に示される真の人間のあり方を追求する問題が取り上げられている。同時に[[キリスト教]]的な[[]]の概念とも整合できる[[神学]]が展開されている。つまり、神の万能性を踏まえながらも、人間の意志とは[[必然]]によって拘束されたものではなく、自由でありうるという彼の主張に見られる。神の存在と人間の[[自由意志]]の関係を調和させようとしている。
 
ボエティウスのこの著作は中世以後にさまざまな類書をもたらし、[[ダンテ]][[ボッカチオ]]にも影響を与え、[[活版印刷]]が導入されてからは各国語に翻訳されていった。[[1473年]]に不完全ではあったもののニュルンベルクからまず出版され、[[1941年]]から翌年にかけて出版された『ボエティウス著作集』に収録される。しかし初めて学術研究に利用可能な完全版が出版されたのは[[1871年]]になってからである。
 
==参考文献==
{{Wikisourcelang|la|De philosophiae consolatione|哲学の慰め}}
{{Commonscat|Consolation of Philosophy|哲学の慰め}}
*畠中尚志訳『哲学の慰め』岩波書店、(初版1934年)1984年
 
[[Category:6世紀の書籍]]
[[Category:古代ローマの書籍]]
 
[[bg:Утешението на философията]]
[[ca:Consolació de la filosofia]]
[[da:Filosofiens trøst]]
[[de:Der Trost der Philosophie]]
[[en:Consolation of Philosophy]]
[[et:Filosoofia lohutus]]
[[es:Consolación de la filosofía]]
[[fr:Consolation de la philosophie]]
[[it:De consolatione philosophiae]]
[[nl:Over de vertroosting der wijsbegeerte]]
[[no:Filosofiens trøst]]
[[sl:O utehi filozofije]]
[[fi:Filosofian lohdutus]]
[[sv:Filosofins tröst]]
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