「狭山事件」の版間の差分

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== 刑事裁判の経過 ==
同年[[7月9日]]、当時の[[浦和市さいたま地方裁判所|浦和]][[地方裁判所]](現:さいたま地方裁判所)に「強盗強姦死体遺棄」で[[起訴]]された石川被告は、一審で犯行を終始認め、判決の言い渡しまで、石川被告は否認をしなかった。
 
[[1964年]][[3月11日]]に浦和地裁は石川被告に対し、[[死刑]]の[[判決]]を言い渡した。翌[[3月12日]]青年は控訴した。[[9月10日]]に東京高裁で開かれた控訴審の第1回公判で、青年は執拗な取り調べや虚偽の[[司法取引]]などにより自白を強要されたことを主張し、一審で認めた犯行を全面否認した。しかし、[[1974年]][[10月31日]]東京[[東京高等裁判所]]は、弁護団の主張を斥けて「無期[[懲役]]」の判決を下した。
 
二審判決後、弁護団は新[[証拠]]をあげて[[上告]]したが、[[1976年]][[8月16日]][[最高裁判所 (日本)|最高裁]]は上告を棄却した。その結果元青年の無期懲役が確定し、[[9月8日]]千葉刑務所に入所した。
 
== 再審請求 ==