「シコ・ブアルキ」の版間の差分

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[[1964年]]に音楽家、そして作曲家としてデビューし、音楽祭や[[テレビ]]のバラエティー番組などで急速に名を上げていく。彼自身の名前がついたデビューアルバムは、彼の将来の活躍を予示するかのような作品で、独創的な言葉遣いと、郷愁的な悲しみ(いわゆる[[サウダージ|サウダーヂ]])を根底とする、キャッチーな[[サンバ (ブラジル)|サンバ]]であった。サンバは主にモーホ(丘)の黒人サンバの伝統的な音楽であったが、彼ら新世代のサンバはアポテオーゼ(Apoteose、称讃される)と呼ばれた。
 
シコはブラジルの軍事政権に反対しての政治的な活動によって、[[1968年]]に逮捕され、最終的には自らの意思で[[1969年]]に[[イタリア]]に亡命する。その後[[1970年]]にブラジルに戻り、彼の知名度と作曲の能力を生かして、独裁政権へのプロテスト・ソングを制作しはじめる。このときの、若干ベールをかぶせたプロテスト・シングル "'''Apesar de Você'''" (Despite of you)は、どういうわけか軍の検閲の目をすり抜け、[[民主主義]]運動のアンセムとなった。10万枚が売れた後、結局弾圧の対象となり、すべて店頭から姿を消した。検閲にもかかわらず、[[オルリーのサンバ]](''Samba de Orly'',[[1970年]])やアコルダ・アモール(''Acorda Amor''、[[1974年]])、ヴァイ・パッサー(''Vai Passar'')のような曲は、シコが反抗を続けていることを露骨に示すような作品だった。
 
[[1970年代]]から[[1980年代]]の間に、シコは、独裁政権に対抗するプロテスト作品をさらに制作するため、映画制作者、劇作家、音楽家たちとのコラボレーションを行った。作家としても数冊の小説を発表するなど、音楽家であることを越え、ブラジルを代表する知識人の一人であるといってよい。
== 作詞家・作曲家としての代表曲 ==
*[[ヴィニシウス・ヂ・モライス]]、[[トッキーニョ]]との共作
**[[オルリーのサンバ]] (Samba de Orly)
*[[アントニオ・カルロス・ジョビン]]との共作
** 黄金の歳月 (Anos Dourados / ''Looks Like December'')
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