「京城府民館」の版間の差分

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[[File:Keijo Public Hall.JPG|thumb|250px|当時の京城府民館]]
'''京城府民館'''({{lang|ko|경성부민관}}、けいじょうふみんかん、[[朝鮮語]]:{{lang|ko|경성부민관}})とは、[[日本統治時代の朝鮮]]の[[京城府]]によって運営された府立の[[多目的ホール]]である。太平通1丁目(現・[[太平路]]1街)にあった。
 
== 概要 ==
* [[鉄筋コンクリート造]]3階建、延面積5676m5676[[平方メートル|m²]]、高さ45m45[[メートル|m]]
* 大ホール(定員1800人)、中講堂、小講堂、小教室、和室、食堂、理髪室が完備
 
== 沿革 ==
[[File:Seoul Metropolitan Council1.JPG|thumb|200px|ソウル特別市議会会館(旧京城府民館)]]
[[1935年]][[昭和]]10年)に建設された。設計者は東京市震災記念堂(現[[東京都慰霊堂]])の設計にも関与した[[萩原孝一]]であり、当時としてはモダンな建築物であった。終戦直前の[[1945年]](昭和20年)7月24日に爆弾テロ事件([[京城府民館事件]])が起きたことでも知られている。
 
戦後、[[大韓民国]]政府に[[接収]]されて、一時期[[国会 (大韓民国)|韓国国会]]の[[国会議事堂 (大韓民国)|国会議事堂庁舎]]となり、現在は[[ソウル特別市]]の[[市議会]]庁舎として使用されている。
 
== 参考文献 ==
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