「シーモア・ハーシュ」の版間の差分

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彼のデビューは1969年、[[ベトナム戦争]]中の[[ウィリアム・カリー (軍人)|ウィリアム・カリー]]中尉による[[ソンミ村虐殺事件]]の暴露であった。当時ディスパッチ・ニュース・サービスという小さな個人通信社の記者であった彼は、借金をしながら証言者を求め全米を廻って記事を書いた。『[[ザ・ニューヨーカー]]』に掲載されたこの記事で、1970年度[[ピューリッツァー賞]]を受賞。
 
その後[[ニューヨーク・タイムズ|ニューヨーク・タイムズ紙]]の特別記者([[:en:I. F. Stone|イシドール・フェンステイン・ストーン]]同様、記事のノルマがない)として採用され、数々の大記事をスクープし、21世紀に入っても活動している。(以下のスクープには、NYタイムズ時代で無いものを含む)