「錯誤」の版間の差分

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'''錯誤'''(さくご)とは、一般的には、人の主観的な認識と客観的な事実との間に齟齬を生じている状態のことをいう。
 
[[民法]]においては、伝統的理解によると'''内心的効果意思'''と'''表示行為から推測される意思(表示上の効果意思)'''との不一致をいう。<br />
[[刑法]]においては、主観的認識と客観的な事実又は評価との不一致をいう。これは犯罪事実に関する「事実の錯誤」と自分の行為が法的に許されているか否かに関する「法律の錯誤」に分類される。
 
これに対して[[動機]]から[[効果意思]](内心的効果意思)に至る過程において、錯誤が生じることを「'''動機の錯誤'''」という。例えば、値上がりを期待してある土地を購入したが、結局値は上がらなかったという場合である。しかし伝統的な通説と判決例によれば、動機の錯誤は民法95条にいう錯誤にあたらず、意思表示(とそれに基づく契約)を無効にすることはできない、と解されている。なぜならそこでは「値上がりするだろうから買おう」という動機と表示した意思(その土地を買います、という意思表示)には食い違いがあるけれども、動機はともかく「その土地を買おう」という内心的効果意思に基づいて「その土地を買います」という意思表示をしたのであって、そこに考えとの齟齬はないと考えるからである。この考えは、動機は表示されないから動機の錯誤を問題にするのは[[取引の安全]]を害するという価値判断に基づいている。
 
ところが現実に問題となるのは「動機の錯誤」の事例が多い。そこでそのすべてを「動機の錯誤に過ぎない」としてしまうことは不当であると考えられたため、動機の内容が表示されていれば動機の錯誤であっても民法95条の適用を認める、というのが伝統的通説と判決例の考え方である。この考えの根底には表示がされていれば取引の安全を害することもないので、錯誤を認めてもよいという判断ある。上記の例でいえば、契約書や契約交渉段階において「値上がりを目的に買う」という動機が示されていれば民法上の錯誤として意思表示が無効となる余地が出てくることになる。
 
しかし、動機の錯誤とそれ以外の錯誤(特に内容の錯誤)の違いは紙一重である。例えば、円とドルが同じ価値だと誤解していた場合は内容の錯誤であって民法95条により無効となるが、円とドルの為替レートが同じだと誤解していた場合は動機の錯誤になるという。また、東京都世田谷区の土地を買うつもりでいたが北海道江別市世田谷の土地を買ってしまったという場合、二つの「世田谷」が同じ物だと勘違いしていた場合のことを同一性の錯誤というが、これは民法95条に依って無効とされる錯誤である。しかし、土地のある場所は違っても「その土地を買う」という意思(内心的効果意思)はあるので動機の錯誤に過ぎないともいえる。このように伝統的通説では区別が困難であると批判される。また、動機は原則として表示されないから動機の錯誤を問題にすると取引の安全を害するというが、内心的効果意思も表示されていないのだから両者を区別するいわれはないという批判もある。さらに、錯誤の制度を外観に対する信頼を保護して取引の安全を図るための制度であると捉え直し、相手方の主観的な事情を考慮すべきであるとの主張もなされた(こうした態度を表示主義という)。
そこで、この修正された法定的符合説を前提に、'''構成要件の重なり合い''' の有無の判断基準が問題となるが、「保護法益の共通性と、行為態様の共通性」の観点から考えるとする説が有力である。
 
例えば、[[殺人罪]]と[[傷害罪]]/殺人罪と同意殺人罪と自殺幇助罪/強盗罪と恐喝罪と窃盗罪と占有離脱物横領罪/一項詐欺罪と二項詐欺罪/横領罪と業務上横領罪では重なり合い(包摂関係)が認められるとされる。ただ、一般に'''傷害罪と器物損壊罪'''の間では重なり合い(包摂関係)は認められないとされる。したがって、傷害のつもりで器物を損壊した場合には、[[器物損壊罪]]の故意は成立しないとされる。器物損壊(軽い罪)のつもりで客観的に傷害罪や殺人(重い罪)の結果を生じた場合に、傷害罪や殺人罪の故意は成立しないとするのはもちろんのこと、器物損壊罪の故意も成立しないとする。したがって、この場合[[器物損壊罪]](上限懲役3年)は成立せず、[[過失致死罪]](上限罰金50万円)や[[過失致傷罪]](上限罰金30万円)が成立しうるにとどまる。この点で、抽象的符合説と異なる。
 
他方、例えば、覚せい剤を輸入する意図でヘロインなどの麻薬を輸入した場合を考えると、行為者は覚せい剤取締法違反(覚せい剤輸入罪)を意図しつつ、麻薬及び向精神薬取締法違反(麻薬輸入罪)を犯している。よって覚せい剤輸入罪の認識はあるが事実がないためこれによって罰することはできず、麻薬輸入罪の事実はあるが認識がない(故意がない)ためこちらでも罰することができないように思われる。しかし最高裁は、この二つの法律は取締りの目的が同一で取締りの方法も類似しており、覚せい剤も麻薬も有害性や外形が似ているため、両罪の構成要件は実質的に重なり合っているとして麻薬輸入罪の故意を認めた。