「浜松事件 (抗争事件)」の版間の差分

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==事件の発端==
戦後、市内の国際マーケットは[[在日コリアン韓国・朝鮮人|在日朝鮮人]]が押さえていたが、浜松の闇市は[[的屋]]の関東霊岸島桝屋一家分家(服部)がおさえていた。県議会議員となった服部治助の跡を継いでいたのが「小野組」小野近義である。
 
在日朝鮮人は、[[在日本朝鮮人連盟]]の威光を背景に、地元の[[自治体警察 (旧警察法)|自治体警察]]である[[浜松市警察]]の介入を許さず、禁制品を堂々と売り捌いていた。小野組の方は比較的合法な物品しか売っていなかったので、客足が奪われることになり、小野組は朝鮮人に反感をもっていた。