「1948年ロンドンオリンピック」の版間の差分

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== ハイライト ==
*敗戦国である[[ドイツ]]や[[日本]]の参加は認められなかった。だが、戦争中に政権交代していた[[イタリア]]の参加は認められた。もっとも、日本は1938年に[[東京オリンピック (1940年)|東京オリンピック]]の開催を返上し、ドイツは1939年にポーランドに侵攻して第二次世界大戦を起こしたことで代替となる[[ヘルシンキ]]でのオリンピック開催を事実上不可能にしたことから、両国への非承認はそれらに対する懲罰的な意味合いも大きかったとされている。
**これを受け、日本では日本水連がオリンピックでの[[競泳]]競技と同じ日程による日本選手権大会を行った。この大会の1500m自由形で優勝した[[爪四郎廣之進]]が記録したタイム18分323760は当時の世界記録を更新するものであり(ただし、日本が[[国際水泳連盟]]から除名されていたため公認されず)、ロンドンオリンピックの競泳1500mで金メダルを獲得したアメリカの[[ジェームズ・マクレーン]]の19分18秒5より速く、「幻の金メダル」と呼ばれている。
*[[オランダ]]の女子陸上選手[[フランシナ・ブランカース=クン]]がトラック競技で金メダル4つを獲得し、注目を集めた。
*イローナ・エリク([[ハンガリー]])とヤン・ブルジャーク([[チェコスロバキア]])が、12年ぶりのオリンピックにもかかわらず、金メダルを再び獲得した。