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== 略歴 ==
[[イスラエル王国|北イスラエル王国]]の王族の出身である。北イスラエル王国は、[[サマリア]]を都としていたことからもわかるように外国文化の影響が強く、その王家から出たアタルヤ自身も[[ユダヤ教]]より他宗教、特に多神教を崇拝する傾向にあったと言われる。このような出自、宗教背景を持つアタルヤの即位は、ユダ王族はじめ祭司や貴族たちからも強い反感を買うことになった。
 
息子である第6代の王[[アハズヤ (ユダ王)|アハズヤ]]の戦死を受けて、半ば強引に即位を宣言した。反抗を抑えるため、アタルヤはユダ王族の子弟を皆殺しにするが、これはイスラエルの民の存亡を脅かす暴挙として、大きな動揺を引き起こした。[[メシア]]は[[ダヴィデ]]の血筋から出る、という[[預言]]がなされていたためであり、その正統な血筋であるユダ王族の男子を皆殺しにすることは神に対する挑戦であり、[[イスラエルの失われた10支族#失われた10支族|ユダヤ2支族]]への侮蔑でもあった。