「ホッケンハイムリンク」の版間の差分

[[1968年]]に雨の中行われた[[フォーミュラ2]]のレース中、事故によって[[ジム・クラーク (レーサー)|ジム・クラーク]]が死亡してしまう。安全性向上のため、2つの長いストレートにシケインが作られた。1つめのシケインはジム・クラークの名前を取り、クラークシケインと呼ばれ親しまれた。
 
その後、[[1980年]]の[[パトリック・デパイユ]]の死亡事故を受けて、オストカーブ付近にも3つ目のシケインが作られた。その後は長きに渡って、森の中を走るストレートを3つの[[シケイン]]で区切る形で構成する高速セクションと、曲がりくねった低速のスタジアムセクションの2つに分ける高速コースだった。しかし、1991年の[[エリック・コマス]]のクラッシュを受けてシケインが改修されるなど、小変更は何度か行われた。9801980年代のオストシケインはただタイヤバリアで路面を区切っただけの急造シケインであり、タイヤバリアのタイヤが衝突の勢いでコース上に散らばる事がままあった。
 
右のコースで灰色のレイアウトはフォレストゾーンと呼ばれていた。
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