「糸島郡」の版間の差分

編集の要約なし
(弥生時代の先進地帯であった糸島地区の記述をそれなりに強化しました。)
*[[二丈町]](にじょうまち)
 
[[律令制]]下では[[怡土郡]](いとぐん)と[[志摩郡 (筑前国)|志摩郡]](しまぐん)に分かれていたが、1896年4月1日、[[郡制]]に基づき両郡を合併させて糸島郡となった。現在の郡名は合併前の両郡の名前をつなげて別の字を宛てたものである。旧郡名の由来についてははっきりしないが、怡土については、弥生時代にその存在が[[魏志倭人伝]]に記述される伊都国との類似性が地理上と音韻上の両面から指摘されており、志摩についても、島との音韻上の一致が指摘されている。さらにこれらを裏付けるように、旧怡土郡地区からは大量の副葬品を伴う[[平原遺跡]]などの弥生時代の遺跡が何ヶ所か発見されており、同じ弥生時代には旧志摩郡地区も、ごく一部を除いて旧怡土郡地区とは船越湾から今津湾にいたる水道によって分離された状態であったと考えられている。
 
==自治体==
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