「リオネル・ファイニンガー」の版間の差分

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その後は、パリで出会った[[パブロ・ピカソ]]の影響で [[キュビスム]]と[[表現主義]]を融合させた作風が多くなる。典型的な作品としては、[[油絵]]の例で、階調に差をつけた色彩を使って画面(空までを含む)を平面状に分割し、それにより光を表現した風景画である。[[プリズム]]を通して見た風景のような観を呈している。
 
ドイツの迫害の影響で再びニューヨーク戻った後は、喪失感から画風大きく変化した。生涯の作風は一人の作品ものとは思えないほど多様である。
 
なお、[[写真家]]の[[アンドレアス・ファイニンガー]]([[:en:Andreas Feininger|Andreas Feininger]]; 1906年-1999年)と[[ルックス・ファイニンガー]](T. [[:en:Lux Feininger|Lux Feininger]], Theodore Lukas Feininger; 1910年生まれ)は息子である。
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