「ゲオルク・ミッシュ」の版間の差分

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[[解釈学]]、[[生の哲学]]と[[現象学]]の仲介を果たすような立場で、哲学研究を行った(『生の哲学と現象学』)。ディルタイの信頼篤く、彼のお気に入りの娘クララ・ディルタイと結婚した。
 
ミッシュは、当初[[フィリップ大学マールブルク|マールブルク大学]]の教授で、その後[[ゲッティンゲン]]に移った。1935年以降、[[ナチス]]の政権奪取の後では、彼が[[ユダヤ系]]だったため、教授の職を追われ、1939年-1946年は、[[イギリス]]に[[亡命]]生活を送った。
彼は、有名な『自伝の歴史』(Geschichte der Autobiographie, 1907年-1969年)の著者としてその名を知られている。
*''Der Weg in die Philosophie'', Leipzig 1926 (2. Aufl. 1950) - 「哲学への道」(哲学入門書)
*''Lebensphilosophie und Phänomenologie. Eine Auseinandersetzung der Diltheyschen Richtung mit Heidegger und Husserl'', Leipzip 1930 (3. Aufl. Stuttgart 1964)- 「生の哲学と現象学」(ディルタイの[[生の哲学]]が[[マルティン・ハイデッガー]]、[[エドムント・フッサール]]の方向性とどう対決するのかを論じたもの。ディルタイに代わり、現象学と生の哲学による解釈学の仲介として、[[エドムント・フッサール]]からの要請を受けて執筆されたもの。)
 
 
 
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