「コス島」の版間の差分

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[[医学]]の父[[ヒポクラテス]]は、このコスで紀元前460年頃生まれたと伝えられている。町の中央にはヒポクラテスの木と呼ばれる[[プラタナス]]の巨木があり、この木の下でヒポクラテスが医学を教えたと言い伝えられている。そのヒポクラテスを記念して、この町に国際ヒポクラテス財団の本拠地とヒポクラテス博物館がつくられている。
 
コス島は、[[紀元前11世紀]]に[[ドーリア人]]によってカレスに植民された。そして、その後[[デロス同盟]]の一員として[[ペルシャ人]]を2度退けた。[[紀元前366年]]にコスの町は造られ、すぐに、のちに[[東ローマ帝国]]となる[[ローマ帝国]]の一部となる。その後、島は[[ヴェツィア人]]によって征服され、ロードスの聖ヨハネ騎士団に売却された。200年後、トルコの侵入の脅威に直面した騎士団は島を去り、1912年に[[イタリア]]に占領されるまでの400年間、トルコがコスを支配することになった。
 
[[第二次世界大戦]]では、島は[[ドイツ]]によって占領された。戦後、[[イギリス]]の保護領となり、1947年にギリシャに譲渡された。
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