「ターリク・ミハイル・アズィーズ」の版間の差分

また、別のイタリア人弁護士を通じて[[ウラジーミル・プーチン|プーチン]]大統領に対し、早期釈放支援とモスクワでの病気治療を求めるメッセージを送っている。
 
2007年[[7月21日]]、アズィーズの弁護人を務めるバディー・イッザト・アーリフ弁護士はアズィーズが同月17日に米軍の拘置施設で何度も意識を失い、バグダード国際空港から、イラク中部の[[バラド]]基地の医療施設に緊急搬送されたと語った。翌日には1991年のシーア派ウラマー殺害と、1999年の[[ムハンマド・サーディク・アッ=サドル]]殺害に関与したという容疑で尋問のため裁判所への出頭命令が出されており、尋問を迅速に遂行するためにイラク政府が米軍に治療を要請したと見られている。アズィーズは治療を受けた後、回復したとしてバグダードの拘置所に戻された。
健康上の問題は年相応のものであり、特別な問題は無いとする米軍とイラク政府に対し、アズィーズの弁護士と長男は、起訴の無いままに長期間の拘留が続けられていることは不当であり、健康状態の悪化にも関わらず充分な医療行為が受けられていないとしてイラク政府とイラク特別法廷を非難し、強い不信を表明している。
2007年[[12月11日]]、AFP通信の電話インタビューに応じた長男ズィアドに拠れば、アズィーズは拘置施設内で心臓発作を起こし、処置を受けたという。
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