「ウィル・パワー」の版間の差分

2005年は[[カーリン・モータースポーツ]]から[[フォーミュラ・ルノー3.5]]に参戦する。ここで彼は結果を残し、高評価を得ることとなる。彼はシーズンで2勝を挙げ4度表彰台に立つ。また、5度フロントローを獲得した。彼はまた、[[A1チーム・オーストラリア]]に選ばれ[[2005年から2006年のA1グランプリ]]に参戦、開幕戦の[[ブランズ・ハッチ]]で出走し、チームを[[A1チーム・ブラジル|ブラジル]]に次いで2位に導いた。
 
2005年後半にパワーは[[チーム・オーストラリア]]([[ウォーカー・レーシング]]が母体)から[[チャンプカー]]に参戦、[[サーファーズ・パラダイス市街地コース|サーファーズ・パラダイス]]での[[レックスマーク]]・インディ300に出走した。当時[[フォーミュラ・ルノー3.5]]のシリーズ途中であったが、そのままチャンプカーに転向し、フォーミュラ・ルノー3.5はシリーズ7位で終えることとなった<ref>[http://www.speedsportmag.de/racing/statresults.php?sprache=en&back=formulanissan&sid=173 2005 Formula Renault 3.5 World Series Complete Qualifying and Race Results] SpeedSport Magazine</ref>。インディ300でのパワーの走りは力強く、チームメイトの[[アレックス・タグリアーニ]]と接触しリタイアするまで快走した。サーファーズ・パラダイス戦の後、彼はチームと複数年契約を結び、次戦のメキシコシティで[[マーカス・マーシャル]]が「重大な契約違反」のため解雇されると直ちに出走した。
 
2006年はチーム・オーストラリアからフル参戦し、シーズンを通して9度のトップ10フィニッシュ、予選での好結果を挙げた。シーズン最終戦のメキシコでは初の表彰台に上る。彼はルーキーオブザイヤーを獲得し<ref>[http://www.champcarworldseries.com/Results/Awards.asp 2006 Roshfrans Rookie Of The Year Standings] Champ Car World Series</ref>、シーズン6位という成績を達成した。
 
[[2008年]]には[[KVレーシング・テクノロジー]]に移籍。チャンプカー最後のレースとなったロングビーチ市街地コースを制し、チャンプカー最後の優勝者となった。チャ残りのシーズプカは同チムから[[インディ・レシングリーグ|IRL]]と合併するとペンスキーからIRLに本格的に参戦を始めた
 
[[2009年]]、ペンスキーに抜擢される。脱税事件の裁判により出場が危ぶまれていた[[エリオ・カストロネベス]]に代わるドライバーとしての契約で開幕戦を走ったが、カストロネベスが無罪となり復帰すると、控えドライバーに回り、スポット的な参戦にとどまったが、その中で1勝を記録した。
 
[[2010年]]はペンスキーからフル参戦となり、ロード/ストリートコースで圧倒的な強さを見せ、最終戦を残してランキングトップを走っている。
 
 
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