「Fi 156 (航空機)」の版間の差分

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== 製造された機体 ==
1937年から1945年にかけて、合計約2,900機のFi 156が生産された。そのほとんどはCシリーズだった。1943年にフィーゼラーの主要工場が[[メッサーシュミットBf109_Bf109|Bf 109]]の生産に移行したとき、シュトルヒの製造は[[チェコスロバキア|チェコスロヴァキア]]のムラス<!--Mraz-->工場にシフトした。1942年4月からは、占領した[[フランス]]のモラーネ・ソルニエ<!--Morane-Saulnier-->工場でも、多くの機体が作られた。この2つの工場は、特定の民間市場向けに戦後も生産を続けた。これらフランス製の機体の一部は、[[アルジェリア戦争]]をはじめ、[[第一次インドシナ戦争]]や[[ベトナム戦争|ヴェトナム戦争]]でも使用された。
 
ドイツの対戦国となった[[ソビエト連邦|ソ連]]でも、[[O・K・アントーノウ記念航空科学技術複合体|アントノフ設計局]]で[[OKA-38 (航空機)|OKA-38アーイスト]]({{lang|ru|ОКА-38 Аист}})と呼ばれるFi 156の派生型が量産された。これらは、戦後に[[An-2 (航空機)|An-2]]に代替されるまで、軍用・民間用機として幅広く使用された。なお、「アーイスト」とは[[ロシア語]]でコウノトリのことである。初飛行は1940年。