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[[Image:poppetvalve.jpg|right|thumb|175px|ポペットバルブとその周辺部品。上からコッター、リテーナー、バルブステムオイルシール、バルブスプリング、ポペットバルブである。]]
 
'''ポペットバルブ''' (Poppet Valve) は、主に[[内燃機関]]の吸気、掃気、排気を制御するために用いられる[[弁]]機構であり、単に[[バルブ]]と呼ばれることもある。[[日本工業規格|JIS]]においては「弁体が弁座シート面から直角方向に移動する形式のバルブ」と定義されている<ref>(JIS B 0142)油圧及び空気圧用語による。</ref>。
 
==語源==
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==作動原理==
ポペットバルブはステムと呼ばれる棒状の部分と、円形または楕円形の傘型(キノコ型)の傘部から構成される。バルブステムは[[シリンダーヘッド]]のバルブガイドに通されており、[[カムシャフト]]によって往復運動が伝えられることで弁の開け閉めを行う。内燃機関に使用されるポペットバルブは閉じ側の制御をバルブスプリングが行うことが多いが、ポペットバルブもシリンダーヘッド側のバルブシートも、共に精密に加工されているため、正常な状態であればバルブスプリングかシリンダーの内圧で押さえつけるだけでも気密性を発揮する<ref name="lexairinc.com">{{cite web | url=http://www.lexairinc.com/valves/learning/poppet.html | title=How Poppet Valves Work | year=2007 | publisher=lexairinc.com | accessdate=2007-06-28}}</ref>。
 
内燃機関以外にも、圧力差のみを利用してポペットバルブの開閉を制御している機器は多い。その一例が[[タイヤ]]のエアバルブとして用いられる[[:en:Presta valve|仏式バルブ]]や[[:en:Schrader valve|米式バルブ]]である。米式バルブは閉じ側制御用のスプリングが備えられているが、仏式バルブはこうしたスプリングを一切持たず、純粋にタイヤの内部空気圧のみでポペットバルブを閉じている。
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[[Image:Four stroke engine diagram.jpg|154px|thumb|right|典型的な[[4ストローク]][[DOHC]]ピストンエンジンの概念図。<br/>(E) 排気[[カムシャフト]]<br/>(I) 吸気カムシャフト<br/>(S) [[点火プラグ]]<br/>'''(V) ポペットバルブ'''<br/>(P) [[ピストン]]<br/>(R) [[コネクティングロッド]]<br/>(C) [[クランクシャフト]]<br/>(W) 冷却水が通るウォータージャケット]]
[[画像:4-Stroke-Engine.gif|thumb|4ストロークDOHCピストンエンジンの動作概略図。<br/> (1) 吸入<br/> (2) 圧縮<br/> (3) 燃焼・膨張<br/> (4) 排気]]
ポペットバルブは[[シリンダーヘッド]]の吸気ポートと排気ポートに配置され、[[2ストローク機関]]を除く殆どのピストンエンジンで使用される。ポペットバルブはバルブリフターを介し[[カムシャフト]]に押されるか、タペットを介してカムシャフトで作動する[[ロッカーアーム]]に押されることで押し開かれ、バルブスプリングによって押し戻される。
 
[[イタリア]]の[[オートバイ]]メーカー、[[ドゥカティ]]のエンジンではバルブスプリングを持たず、カムシャフトが機械的にポペットバルブを閉鎖する[[デスモドロミック]]を採用している。これは超高回転域に置けるバルブスプリングの追従性悪化によるバルブ[[サージング]]を防止するための機構であり、通常のエンジンではサージング防止のために巻数を変化させた可変レートスプリングやレートの堅いバルブスプリングを用いるが、堅いバルブスプリングはバルブトレーンのフリクションを増大させてしまうため、最高回転数が1万8000回転である[[フォーミュラ1|F1]]エンジンなどでは圧搾空気を用いてバルブを閉じる[[ニューマチックバルブ]]を用いている。
 
ポペットバルブは[[鋼鉄]]などの頑丈な金属を用いて製造されるが、一部の高出力エンジンではバルブの材料に[[チタン]]を用いることもある。これはポペットバルブの慣性重量を減らすための措置であり、バルブコッターやリテーナーも同様に軽量化が行われることも多い。また、部位によって要求される性質が異なるため、ステムやステム端部と傘部を別々の材料で作ったりすることがある。高出力エンジンの場合、特に高い温度の排気ガスに晒される排気バルブの熱伝導特性を改良するため、ナトリウム封入バルブを用いることがある。ステムをドリル切削するなどして中空構造とし、この半分程度に[[ナトリウム]]を封入したものである。ポペットバルブの往復によりナトリウムがステム内を往復し、[[燃焼室]]からバルブガイドへと熱を逃がしやすくする。また、中空化と鋼より密度の低いナトリウムを使用することでポペットバルブの軽量化も見込める。
 
ポペットバルブは通常のエンジンでは吸気と排気に1本ずつ用いられる。[[OHV]]や[[SOHC]]の時代にはポペットバルブの外径を大きくするビッグバルブが用いられたが、バルブの慣性重量が増えて高回転での追従性が悪化する傾向が出て来たことから、後に吸排気共に複数のバルブを配置する[[マルチバルブ]]構成を採る物が登場した。マルチバルブは初めは吸気2・排気1の3バルブ構成が登場。後に[[DOHC]]が一般化すると吸気2・排気2の4バルブ構成が一般化。一部のエンジンでは吸気3・排気2の5バルブも登場した。現在までに市販されたエンジンで1シリンダー当たり最大のバルブ数を持つものは、[[楕円ピストン]]を採用した[[ホンダ・NR]]の吸気4・排気4の8バルブ構成である。
 
また、吸気バルブの開閉タイミングを回転数に応じて可変させることで[[燃焼室]]への混合気流入速度を変化させ、高回転域での出力と低回転域での実用トルクの両立を実現した[[可変バルブ機構]]も登場。現在ではファミリーカーなどでも[[排ガス規制]]などへの対応や[[燃費]]向上のためにごく一般的に使用されるようになった。
 
かつてシリンダーヘッドが[[鋳鉄]]製であった頃は、ポペットバルブはシリンダーヘッドに穿たれたバルブ穴に直接差し込まれていたが、後に放熱対策や軽量化のために[[アルミ合金]]製のシリンダーヘッドが登場すると、ヘッドの摩耗を抑えるために[[鋼鉄]]や[[リン青銅]]などで製作されたバルブガイドがヘッドに挿入されるようになり、燃焼室側にも傘部の接触面にバルブシートが取り付けられるようになった。
 
ポペットバルブのステムはカムシャフトルームに直接突き出る形になるため、そのままでは吸排気ポートのガスがカムシャフト側に吹き抜けたり、カムシャフトルーム内の[[エンジンオイル]]が吸排気ポート内に吸い出されるオイル下がりが発生する。そのため、バルブステムにはゴム製のバルブステムシールが挿入され、密封性を保つようになっている。
 
バルブガイド、バルブシート、バルブステムシールともに今日では消耗部品の一つであり、これらが摩耗・劣化することでオイル下がりが起こる。このような状態の車両はアクセルオンの際に[[マフラー]]から青白い煙が噴出することで判別が可能である。
 
===バルブ配置===
[[第二次世界大戦]]前後までの黎明期のエンジンは、ポペットバルブはシリンダーと平行に逆さの状態で配置された。これは一般的には[[サイドバルブ]]と呼ばれ、燃焼室の形状は平たかったためにサイドバルブエンジンはしばしばフラットヘッドと呼ばれた。この形式は極めて簡素な構造で信頼性や耐久性も高かったことから[[第二次世界大戦]]中の軍用車両では積極的に用いられたこともあったが、燃焼室が横に長く伸びる形状となることから吸排気効率が非常に悪く、最高回転数は2000-3000rpm程度に限定された。しかも吸気と排気が同じ方向に向かうターンフロー(カウンターフロー)構造しか採れなかった上に、排気がシリンダー側面を這うように出て行くため放熱効率も極めて悪かった。
 
そのため、戦前頃からサイドバルブをベースに[[プッシュロッド]]と[[ロッカーアーム]]を用いてシリンダーヘッド側にポペットバルブを配置する[[OHV]]形式(頭上弁形式)が登場した。OHV形式は当初はターンフロー、楔形燃焼室などのサイドバルブ時代の影響が強いデザインが多かったが、後に[[クライスラー・ヘミエンジン]]などがポペットバルブを交差して配置し、吸気と排気がヘッドに平行に流れていくクロスフロー構造を実現、燃焼室も楔形から半球型に変更されて燃焼効率と最高回転数は大幅に向上した。
 
OHV形式は吸気と排気のカムを1本のカムシャフトで賄える事から、[[V型エンジン]]においては長い期間主流であったが、その後プッシュロッドの慣性重量が大きいOHVよりさらに高回転高性能を目指すために[[OHC]]形式が登場、現在では多くのエンジンが[[SOHC]]や[[DOHC]]レイアウトを採用して現在に至っている。
 
===バルブ保護のための有鉛ガソリン===
初期のエンジンでは現在よりも[[冶金]]技術が稚拙だったこともあり、ポペットバルブの摩耗は大きな問題として取り扱われた。バルブの潤滑に関する問題は[[蒸気機関]]時代の1866年に[[物理学]]者のジョン・エリスの手により[[鉱物油]]が開発され、[[バルボリン]]が「バルブ・オイル」として開発したことで解決していたが、バルブガイドとバルブシートの摩耗については約2年に一回程度の割合で、後述のバルブメンテナンスを専門技術者が行わなければならず、車両のオーナーは多大な労力と出費を払わなければならなかった。しかし、燃料に[[テトラエチル鉛]]を加えることで鉛成分がバルブシートやバルブガイドを覆い、摩耗を大幅に減少することが明らかとなり、[[有鉛ガソリン]]として幅広く用いられるようになった。
 
[[有鉛ガソリン]]は1970年代頃までは市販ガソリンの主流であったが、有毒な[[テトラエチル鉛]]が環境対策で規制され始めたことや、[[ステライト]]や[[リン青銅]]などの耐摩耗性が非常に大きい合金が実用化されると、有鉛燃料は不要となり、次第に姿を消していった。
 
ガソリン無鉛化の過渡期には、それまでの有鉛ガソリン仕様のエンジンについてはバルブシートやバルブガイドを対策部品に交換したり、新車でも走行状況に応じて'''高速有鉛'''などの表記が行われた車両が存在するなどしていた。現在でもまだ無鉛化対策を行っていない車両の為に、[[ガソリンスタンド]]には有鉛ガソリン車向けの燃料添加剤が販売されている事もある。
 
===ポペットバルブのメンテナンス===
耐摩耗性が非常に高いバルブガイドやバルブシートが一般化した現在のエンジンでは、ポペットバルブは10万キロ以上メンテナンスが不要なことも珍しくはなくなった。
 
しかし、経年使用に応じて各部の摩耗は確実に進んでいくため、下記のメンテナンスは必要に応じて実施することでエンジンの初期性能を適性に保つことが可能となる。
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ポペットバルブとカムシャフト、或いはロッカーアームの間にはバルブリフター、またはタペットと呼ばれる部品が存在し、バルブクリアランスと呼ぶ隙間を確保している。冷間時にバルブクリアランスを確保しておかないと、温感時には[[熱膨張]]によって主にバルブステムが伸び、バルブが開きっぱなしになってしまうし、バルブクリアランスを大きくしすぎると、温感時でも隙間が空いてしまい打音が大きくなってしまう。したがって、バルブクリアランスは適正に調整しなければならない。
 
バルブクリアランスはそのエンジンの素材の熱膨張率を考慮して決定されているため、隙間の許容範囲はメーカーによりまちまちである。バルブクリアランスが狭くなる程、カムシャフトに押されるバルブリフト量が増えることになるし、各シリンダー間のタペット隙間は完全に一致していることが望ましい。エンジンのメンテナンスとして、バルブクリアランス調整は欠かせない作業であった。
 
バルブクリアランス調整は直打式の場合には、カムシャフトとポペットバルブの間にバルブリフターと呼ばれる部品が取り付けられているため、カムシャフトを取り外してバルブリフターの外側か内側に挟まれているシムを交換して隙間の調整を行っていた。シムはメーカーにより複数の厚さの物が純正部品として用意されているため、測定を行いながら部品を取り寄せて組み付けを行う。なお現在では、リフター自体の厚みでクリアランスを調整するシムレスリフターも普及している。シムという余計な部品が無い分、動弁系質量を軽くできる。バルブクリアランスの調整方法はシム式と全く同じである。
 
[[ロッカーアーム]]式の場合は、ロッカーアームのバルブ側にネジ式のボルトが[[ダブルナット]]で取り付けられており、このボルト長を調整することでクリアランス調整を行う。
 
一部の[[OHV]]や[[サイドバルブ]]の場合は、エンジン側面のプッシュロッド(サイドバルブの場合はバルブそのもの)に調整ネジが設けられているため、このネジを開閉することでカムシャフトとロッドの隙間を調整することになる。
 
なお、近年のエンジンではバルブクリアランスのメンテナンスフリーのために油圧で自動的にタペット隙間を調整するハイドロリックラッシュアジャスター(オイルタペット)が装備されており、これらの作業は不要であるものも多いが、ラッシュアジャスターも経年劣化でオイル粕が溜まるなどして動きが悪くなることがあるため、年数を経過したエンジンの場合はラッシュアジャスターを分解清掃するか、新品に交換することが望ましい。
 
====バルブステムシール====
バルブステムシールは長年の使用で膨潤劣化していき、次第に密閉性を失ってくる。こうなるとエンジンの燃焼室内にオイルが下がり、性能低下の一因になるだけでなく、オイル消費量の増加になるため、バルブ回りを分解した際には必ず新品に交換することが望ましい。
 
====バルブガイド====
バルブガイドも経年使用により摩耗して、バルブステムとの間にガタが発生する場合がある。そのまま放置すればバルブが横方向に暴れてエンジンの圧縮漏れが発生したり、最悪の場合バルブガイドが破壊されたり、バルブが曲がりエンジン破損に至る事例もあるため、バルブ周りを分解した際に目立ったガタがあった場合には内燃機屋に依頼してガイドの打ち替えを行うことが望ましい。
 
バルブガイドとバルブステムの間の隙間は非常に狭いため、オイルのない状態でガタがあっても、オイルをステムに塗布するとガタが消える場合もある。しかし、エンジンが動いている最中にはオイルは非常に高温になり、バルブステムとバルブガイド間の隙間はオイルがない状態に近くなるため、このような状態の場合には近い将来の交換が必要になることを自覚しておくべきである。
 
なお、有鉛ガソリン時代の古いエンジンなどで、無鉛対策部品のバルブガイドなどがメーカー製造廃止により入手出来ないような場合には、[[旋盤]]加工業者にリン青銅などからバルブガイドを削りだして貰って打ち替えることで、無鉛対応と摩耗対策が両立出来る。
 
====バルブシートとバルブの摺り合わせ====
バルブシートとバルブ傘部の接触面は加工により非常に精密に作られている。しかし、経年使用により次第に接触面は荒れていき、圧縮が抜ける要因となるため、古いエンジンの場合にはバルブの摺り合わせと呼ばれる作業が必要になる。
 
# まず、シリンダーヘッドをエンジンから降ろし、カムシャフトやロッカーアームなどを全て取り外す。
# 次にバルブスプリングコンプレッサーという工具でポペットバルブのバルブスプリングを圧縮する。
# バルブスプリングを圧縮したらステム後端のコッターを取り外す。これでバルブスプリングとリテーナーがステムから抜けるようになる。
# スプリングなどを取り外したら一度ヘッドからバルブを抜く。この際にステムのコッターが嵌め込まれている部分が長年の熱と衝撃で変形している場合があり、バルブガイドから抜けにくいことがあるので、このような時は無理に引き抜かずに一度粗めの[[サンドペーパー]]でコッター取り付け部を修正研磨してからバルブガイドを傷つけないように抜くようにする。
# バルブを抜く際にはバルブステムシールも取り外し、組み上げる際には出来るだけ新品を使用するようにする。
#* バルブ摺り合わせ作業に入る前に、ポペットのバルブシート当たり面とバルブシート表面をよく観察する。特に排気バルブの場合は当たり面がボロボロになっている場合があるので、そうした時にはポペットバルブをボール盤などに取り付け、斜め45度の当たり面を慎重にサンドペーパーで修正研磨する。バルブシートの劣化が著しい場合には、内燃機屋に依頼してポペットの当たり面修正と同時にバルブシートカットと呼ばれる修正研磨を依頼するか、新品バルブシートへの打ち替えを行ってもらう。
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# 全バルブの摺り合わせが一段落したら、一度バルブとバルブスプリング類を全てシリンダーヘッドに組み付ける。そしてシリンダーヘッドを裏返して燃焼室側に灯油を満たす。バルブ当たりが問題なければこの状態で灯油がポートに漏れ出さないが、仮に漏れ出す燃焼室があった場合にはその箇所を再び摺り合わせ、漏れがない状態まで作業を繰り返す。
 
これを全バルブで行い、均等な当たり面が確保出来たら元通りに組み直して作業は完了する。なお、バルブ摺り合わせによりバルブステムのカムシャフト側への突き出し量が若干増加するため、摺り合わせ作業後には必ずバルブクリアランスの再調整を行うこと。
 
====カムチェーン・タイミングベルトの調整====
[[カムチェーン]]や[[タイミングベルト]]はテンショナーで張り調整が行われており、適正な張りが確保されていることで正確なバルブタイミングは成立する。もしも緩んでいる場合にはカムチェーンの激しい摺動音が聞こえる場合があり、最悪の場合にはバルブタイミングがずれてピストンとバルブが衝突する音が聞こえる場合もある。
このため、整備解説書の点検周期で定期的に張り調整を行い、タイミングベルトの場合には定期交換なども行うことが望ましい。
 
近年ではオートテンショナーで自動調整が行われるエンジンも多いが、オートテンショナー自体が経年使用でガタが出ている場合もあるので、不具合があるようであれば新品に交換しておくことが望ましい。
 
==蒸気機関での利用==