「クィントゥス・ファビウス・マクシムス・アエミリアヌス」の版間の差分

m
誤字訂正:Aelimianus→Aemilianus
m (ロボットによる 追加: sh:Kvint Fabije Maksim Emilijan)
m (誤字訂正:Aelimianus→Aemilianus)
'''クィントゥス・ファビウス・マクシムス・アエミリアヌス'''(Quintus Fabius Maximus AelimianusAemilianus, 生没年不詳、[[紀元前2世紀]])は、[[共和政ローマ]]の[[元老院 (ローマ)|元老院]]議員。実父は[[ルキウス・アエミリウス・パウルス・マケドニクス]]であったが、[[クィントゥス・ファビウス・マクシムス]]の養子となった。
 
実父マケドニクスとともに[[第三次マケドニア戦争]]に従軍、[[ピュドナの戦い (紀元前168年)|ピュドナの戦い]]で勝利を収めるが、その際にローマへ勝利の報を届ける役目を担った。そして[[紀元前149年]]から[[紀元前158年]]の間[[プラエトル]]待遇で[[シチリア|シチリア島]]に赴任、そして[[紀元前145年]]には[[コンスル]]に就任した。そして[[プロコンスル]]として[[ヒスパニア]]でルシタニア人討伐([[ルシタニア戦争]])を行うが、首領ウィリアトゥスを捕らえる事はできなかった。戦いはそれから10年間続き、彼の兄弟である[[スキピオ・アエミリアヌス|小スキピオ]]がヌマンティアを鎮圧するまで続いた。
781

回編集