「ルイ・ナポレオン (ナポレオン公)」の版間の差分

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[[1939年]]に第二次世界大戦が勃発すると、ルイは[[フランス軍]]に志願するため、軍に入隊したい旨を[[ダラディエ]]首相に手紙で打診したものの、軍への入隊を断られる。仕方なくルイは「ルイ・ブランシャール」という偽名で[[フランス外人部隊]]に入隊し、[[北アフリカ]]の植民地で勤務していたが、[[1940年]]にフランスが侵攻してきた[[ナチス・ドイツ]]と休戦協定を結び、ルイが居た外人部隊も1941年に解散した。
 
外人部隊解散後、ルイは[[シャルル・ド・ゴール]]率いる[[自由フランス軍]]に参加するため、イギリスに向かおうとするがドイツ軍に逮捕される。釈放後も名前を「ルイ・モニエール」と変えてレジスタンス組織「軍事抵抗組織」(ORA)に加わり、[[レジスタンス運動]]に参加している。[[1944年]]7月には、ORAのシャルル・マルテル旅団に参加していた従兄弟にあたる[[ジョアシャン・ミュラ8世]]を戦闘で失い、8月28日にはルイの居たレジスタンス組織同旅団の一がドイツ軍の攻撃を受け、ルイ以外のメンバーは全員戦死した。ルイ自身は負傷したものの一命を取りとめ、怪我から回復すると、フランス軍の山岳師団に志願し、終戦もその師団で迎えた。 後にフランス政府からその勇堪を讃えられ、勲章を授与されている。
 
ルイは[[1949年]][[8月16日]]にアリックス・ド・フォレスタ([[:fr:Alix de Foresta|Alix de Foresta]])と結婚し、4人の子供をもうけた:
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