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エバートはイリノイ州アーバナで生まれ、少年時代に[[サイエンス・フィクション|SF]][[同人誌]]へのコメント投稿から物書き人生をスタートさせた。アーバナ高校の学生時代、隣接するシャンペーン市のニューズ・ガゼット紙でスポーツ・ライターになったことで[[ジャーナリズム]]に興味を持ち、上級生になると学校新聞の副編集長となった。[[1958年]]、エバートはイリノイ州高校スピーチ連盟選手権で、ラジオのニュース番組と同様の原稿を読んで競うラジオ・スピーチ部門において優勝した。
 
エバートは[[イリノイ大学]]アーバナ・シャンペーン校]]に入り、学生新聞ザ・デイリー・イリニで編集長を務めた。彼の最初の映画評は、1961年10月のザ・デイリー・アライナリニに掲載した『[[甘い生活 (映画)|甘い生活]]』の批評だった。[http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/19611004/REVIEWS/50809001/1023]
 
彼は[[国際ロータリー]]の[[奨学金]]制度を受けて[[ケープタウン大学]]大学院で英語を研究し、[[シカゴ大学]]の英語学の博士課程に在籍中、シカゴ・サンタイムズから同紙の映画評論家になるよう勧誘された。
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