「ムドロス休戦協定」の版間の差分

(en:Armistice of Mudros 08:18, 6 October 2010 , de:Waffenstillstand von Mudros 11. Okt. 2010, 01:49:03)
 
 
== 締結後 ==
この休戦協定の後、条文続き、基づいて英仏伊軍による[[イスタンブル占領]]([[1918年]][[11月13日]] - [[1923年]][[9月23日]])を行ったことはオスマン帝国の政府や国民に衝撃を与えた。さらに連合国による国土占領は進み、列強による[[オスマン帝国分割]]が起こっ着々と行われた。
 
[[1920年]][[8月10日]]には休戦協定に引き続く[[講和条約]]となる'''[[セーヴル条約]]'''が連合国とオスマン帝国との間に締結され、オスマン帝国は列強、ギリシア、その他新たに独立する[[アルメニア]]や[[クルディスタン]]によって分割されることが決まった。
 
しかしこれに対して[[トルコ大国民議会|アンカラ政府]]によるトルコ独立戦争([[希土戦争 (1919年-1922年)|希土戦争]])が起き、結果としてオスマン帝国は滅亡し、新たに建国された[[トルコ]]が失地を回復し、[[1923年]][[7月24日]]に西欧諸国と[[ローザンヌ条約]]を結ぶに至った。
 
== 脚注 ==