「連尺通り」の版間の差分

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家康の関東移封後、[[田中吉政]]が城主になって岡崎の城下町を整備し、東海道を岡崎城下の連尺町に通してこれを保護すると、次第に商業が発展していった。とくに呉服商・木綿商・荒物・酒屋・油屋・小間物など武士の日用品や衣類を売る店が軒を連ねて賑わいをみせた。
 
{{jdate|[[1945}}年]]([[昭和]]20年)[[7月20日]]未明に岡崎空襲を受け全町が焼失。戦後の町名変更により、上連尺は本町となり、現在の連尺通はかつての中連尺と下連尺の地域のみとなった。
 
== 連尺通りのデザイン ==
* 各交差点角の歩道には、江戸時代からの連尺通りのシンボル「[[フクラスズメ]]」の絵と、「レン」<smallspan style="font-size:smaller;">(※竹かんむりに「斂」の字)</smallspan>と読める刻字が施されている。
* またローマ字で「<i>RENJAKU</i>」と書かれた銀色のモダンなデザインのモニュメントが歩道に建てられている。
 
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== 接続する路線 ==
* [[石屋町通り]]
* [[市民会館通り (岡崎市)|市民会館通り]]
* [[八千代通り (岡崎市)|八千代通り]]
* [[本町通り (岡崎市)|本町通り]]
 
== 沿線・周辺 ==
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[[Category:岡崎市]]
[[Category:愛知県の道路]]