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=== ロシアとの対立 ===
ソ連崩壊以降、グルジアは一貫して隣国ロシアと距離を置き、欧米との関係強化を打ち出してきた。この路線は2004年に成立したサアカシュヴィリ政権下で一層に高まり、軍事的には2008年の[[NATO]]と[[EU]]への加盟推進、[[ロシア語]]から[[グルジア語]]への移行推進、ソ連時代のみならず[[ロシア帝国]]時代にまで遡っての「抗露運動の歴史」を教える記念館の建設、同じ路線をとる[[ウクライナ]]、[[ポーランド]]、[[バルト三国]]との連携など、露骨な反露路線・[[民族主義]]路線を歩んで来ている。また対露強硬派で知られるアメリカの[[新保守主義 (アメリカ)|新保守主義者]]との協力も深めているとされる。またサアカシュヴィリ政権は、ロシア軍に対抗するべくロシア製兵器から、グルジア軍のNATO側兵器による近代化やアメリカ軍やイスラエル軍などとの共同軍事訓練を行うなど大幅な軍拡を進めていたが、軍事評論家の[[江畑謙介]]は予算に無理のある計画だと評している<ref name="~libell">[[軍事研究]] [[2008年]][[12月]]</ref>。
 
一方、ロシアにとってグルジアは[[カスピ海]]産原油パイプラインの存在等、[[中央アジア]]の[[原油]]を確保する上で密接な関わりがあり、南の玄関口である[[黒海]]へ連なる要衝に位置する重要な国家と位置づけている。また[[チェチェン共和国|チェチェン]]との対立を抱えるロシアにとって、チェチェンの周辺国の一角を成すグルジアを手を結む事は、ロシア南部における安全保障の観点からも非常に有効と見ている。しかしグルジアの反ロシア路線は当然ながら両国間の緊張関係を生む事になり、両国関係は急速に悪化している。ソ連時代以降、ロシアとグルジアは密接な関係にあり、多くのグルジア国民もロシアに在住しているが、両国の関係が悪化したため、ロシアから強制退去になったり、親族間で引き裂かれるなど様々な問題が起きている。
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