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ファイル[[File:Russian soldiers on the Champs Elysees DSC03310.JPG|200px|thumb|[[ロシア軍]]で用いられている儀礼用の懸章]]
'''懸章'''(けんしょう)とは、[[肩]]から[[腰]]にかけてかける飾り。一定の地位にあることを示すために使用される。[[大日本帝国陸軍]]では、右肩から左腰にかけられており、[[副官]]、週番将校、衛戍巡察将校などを示すために用いられた。なお、[[自衛隊]]では[[腕章]]が用いられることはあるが、懸章は用いられない。
'''懸章'''(けんしょう)とは、[[肩]]から[[腰]]にかけてかける[[襷]]状の飾り。主に[[軍隊]]において軍装品として特定の役職にあることを示すために使用される。
 
== 概要 ==
同様の形状のものとしては、[[勲章|大綬章]]や[[襷]]などがある。
=== 日本 ===
[[File:General Kuroki and his Staffs after the Battle of Yalu River.jpg|300px|thumb|right|[[日露戦争]]における[[第1軍 (日本軍)|第1軍]][[司令部]]。[[軍]][[司令官]][[黒木為楨]][[陸軍大将]]や[[参謀長]]以下、[[飾緒#日本|参謀飾緒]]を佩用した[[参謀]]らとともに写る高等官衙副官懸章を佩用した副官たち]]
[[大日本帝国陸軍]]では、[[副官]]・[[週番|週番士官]]/衛戍巡察将校がその役職を示すために右肩から左腰にかけて懸章を佩用した。なお、週番下士官は懸章ではなく[[腕章]]を佩用しており、[[陸上自衛隊]]では帝国陸軍時代の週番下士官のそれに擬似した腕章が用いられているが、懸章は用いられない。
 
副官・週番巡察用ともに[[軍服 (大日本帝国陸軍)#明治19年制式|明治19年制式]]と古くに制定され、[[第二次世界大戦]]敗戦による帝国陸軍の解体まで存続していた。製式自体も殆ど変ることはなかったが、例として[[軍服 (大日本帝国陸軍)#昭和13年制式|昭和13年制式改訂の陸軍服制]](昭和13年勅令第392号)によると、副官たる[[将校]]が佩用する'''高等官衙副官懸章の場合'''(こうとうかんがふくかんけんしょう。通称「'''副官懸章'''」)は、地黄毛糸線3条白絹線2条の筋織り(各1条は9mmなので帯の幅は45mm。)45mm)。両端に各1個の総を付す総は黄毛糸60条で総の帯は黄毛糸組み。緒締めは黄毛糸組み。週番及び衛戍巡察将校[[准士官]][[見習士官]]が佩用する'''週番巡察懸章'''(しゅうばんじゅんさつけんしょう。通称「'''週番懸章'''」)の場合は、副官懸章の[[色]]の部分が[[色]]となる。全長は1m51cm5mm151,5mmとされていた。
 
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ファイル:Japanese defenders of the Solomons.jpg|[[太平洋戦争]]([[大東亜戦争中の]])における[[日本軍|陸海軍]]。左右の端はそれぞれ陸海軍の副官であるが、左の陸軍の副官は高等官衙副官懸章を、右の海軍の副官は副官飾緒をそれぞれ用いている
ファイル:General Kuroki and his Staffs after the Battle of Yalu River.jpg|日露戦争中の日本軍。
ファイル:Japanese defenders of the Solomons.jpg|大東亜戦争中の日本陸海軍。左右の端はそれぞれ陸海軍の副官であるが、左の陸軍の副官は懸章を、右の海軍の副官は飾緒をそれぞれ用いている。
ファイル:Russian soldiers on the Champs Elysees DSC03310.JPG|[[ロシア軍]]で用いられている懸章。
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== 関連項目 ==
* [[飾緒]]
* [[勲章|大綬章]]
 
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