「大久保教近」の版間の差分

本文に加筆ほか
(+Cat・生年)
(本文に加筆ほか)
'''大久保教近'''(おおくぼ のりちか、[[寛保]]元年([[1741年]]) - 没年不詳)は、[[江戸時代]]中期の[[旗本]]。[[荻野山中藩]]の分家で3000石の旗本を領した通称は式部。官職は遠江守。父は[[大久保教平]]の子。式部、遠江守。室は[[松浦到]]の娘。長男子は[[大久保教翅]](長男、[[大久保教倫]]養子、荻野山中藩主)、次男[[大久保教富|江七兵衛教富]](次男)女([[伊奈忠盈]]室
 
[[天明]]8年([[1788年]])9月28日、[[甲府藩|甲府勤番支配]]となる。子孫は、教富、[[大久保教文|教文]]、[[大久保教徳|教徳]]、[[大久保教愛|教愛]]と続いて、明治維新に至る。
1,378

回編集