「R.J.レイノルズ (野球)」の版間の差分

{{by|1980年}}の[[ドラフト会議 (MLB)|ドラフト]]2巡目で[[ロサンゼルス・ドジャース]]に入団。{{by|1983年}}、[[メジャーリーグベースボール|メジャー]]初昇格。
 
{{by|1990年}}秋の[[日米野球]]で[[ピッツバーグ・パイレーツ]]の一員として来日した際、メジャー通算109[[盗塁]]の俊足と強肩が首脳陣の目に留まり、[[横浜ベイスターズ|横浜大洋ホエールズ]]と契約。現役メジャーリーガーの入団として話題となる。
 
{{by|1991年}}の開幕戦で6打数4安打と鮮烈なデビューを飾ると、[[8月1日]]の[[中日ドラゴンズ]]戦から[[8月4日]]の[[ヤクルトスワローズ]]戦にかけて、当時[[日本プロ野球]]記録となる11[[打席]]連続[[安打]]を達成([[2003年]]に[[高橋由伸]]が同じく達成)するなど、シュアな打撃と強肩を活かした外野からの返球は他球団の脅威となった。このシーズンは、[[打率]]リーグ5位の.316、リーグ6位タイの80[[打点]]の活躍を見せ、[[外野手]]として[[ベストナイン (日本プロ野球)|ベストナイン]]および[[ゴールデングラブ賞]]を獲得し、注目を浴びた。
 
[[スイッチヒッター]]だが右打席は極端な低打率で、左投手相手に強肩を活かした左打席に立ったこともある。
 
抜け目のない走塁と強肩が持ち味で期待され、1年目の{{by|1991年}}は[[日本プロ野球]]記録となる11打席連続[[安打]]を達成。[[打率]]も.316をマークするなど他球団の脅威となる。[[スイッチヒッター]]だが右打席は極端な低打率で、左投手相手に左打席に立ったこともある。この年は[[外野手]]として[[ベストナイン (日本プロ野球)|ベストナイン]]および[[ゴールデングラブ賞]]を獲得し、さらに注目を浴びた。
 
2年目となる{{by|1992年}}は打撃面での成績を落としてしまい、シーズン終了後に[[自由契約]]となった。
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