「弦楽五重奏曲 (ブルックナー)」の版間の差分

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初演は[[1881年]][[11月17日]]にようやく行われた。ウィーンのベーゼンドルファーホールで、ワーグナー協会の催しとして、非公開で行われたものである。演奏は、ブルックナーの弟子らによって行われている。この非公開の演奏会のあと、ブルックナーは間奏曲の楽章をもとのスケルツォに戻している。外された「間奏曲」は、オペラの間奏曲のように明るい曲で、ウィーンらしさをたたえた楽しい小品として、今日この弦楽五重奏曲ヘ長調とは別途に出版されている。
 
公開初演は、作曲後6年を経た[[1885年]][[1月8日]]ウィーンにて、作曲を勧めたヘルメスベルガーの弦楽四重奏団によって行われ成功を収めた。ただしブルックナーは、この曲をヘルメスベルガーには捧げず、[[バイエルン]]のマックス・エマヌエル公に捧げている。
 
==曲の特徴・構成==