「メギドの戦い (紀元前609年)」の版間の差分

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==その他の記述==
第1エズラ書の記述は多少のディテールを付け加えたのみである。先行資料である歴代誌と違う点は、ヨシアがメドにおいて「弱」かったと描写されている点と、彼が死地となる[[エルサレム]]に自分を連れ帰るよう依頼している点である。クラインはこれを女預言者ホルダの預言([[s:列王紀下(口語訳)#22:15|列王紀下 22:15-20]])と調和するための加筆であろうとしている。
 
ヨシアの死から7世紀後、ヨセフスもメドの戦いについて記述した。その記述には戦場でのヨシアの行動の詳細が含まれている。従来これは失われた資料によって補われたものだと考えられてきたが、クラインはこれを主として聖書の記述による補足であり、おそらくそこにヨセフス自身の見解が加えられたものであろうとしている<ref name =cline>Cline, Eric H. (2000), ''The Battles of Armageddon: Megiddo and the Jezreel Valley from the Bronze Age to the Nuclear Age'', University of Michigan Press, ISBN 0472097393</ref>。
 
[[ヘロドトス]]が[[歴史 (ヘロドトス)|歴史]]で[[ファラオ]]ネコについて記述した箇所に、メギドの戦いにあたる記述を見いだせるとする説も存在する<ref>[http://www.iranchamber.com/history/herodotus/herodotus_history_book4.php Histories of Herodotus], 4:42;</ref>。