「バイエルン級戦艦」の版間の差分

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! colspan="2" style="color: white; height: 30px; background: navy;"| バイエルン級戦艦
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| colspan="2" align=center|[[File:Bundesarchiv Bild 183-R17811, Linienschiff "Bayern".jpg|300px|300px|]]<br/><center><small>竣工後の「バイエルン」</small>
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! colspan="2" style="color: white; height: 30px; background: navy;"| 艦級概観
|艦名||地方名
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|前級||[[ケーニヒ級戦艦|ケーニヒ級]]
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|次級||[[ビスマルク級戦艦|ビスマルク級]]
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! colspan="2" style="color: white; height: 30px; background: navy;"| 性能諸元
|装甲||舷側:350mm(水線部主装甲部)、170~250(水線上部)、170mm(水線下部)、50~200mm(艦首水線部)<br />80mm(最上甲板)<br />100mm(艦首尾部)<br />50mm(水密区画)<br />甲板:30mm(主甲板)<br />40mm(最上甲板)<br />30mm(中甲板)<br />砲塔:350mm(前盾垂直部)、200mm(前盾傾斜部)<br />250mm(側盾・後盾)<br />120mm(天蓋)<br />主砲[[バーベット]]:350mm(前盾)、250mm(側盾・後盾)、50mm(甲板下部)<br />副砲ケースメイト:170mm<br />弾薬庫:250mm(最大)<br />司令塔:400mm(側面)、<br />180mm~200mm(天蓋)<br />250mm(後盾)
|}
'''バイエルン級戦艦'''(Linienschiffe der Bayern-Klasse)は、[[ドイツ海軍]]が[[第一次世界大戦]]前に[[帝政ドイツ]]の艦隊法で整備された最後のクラスであり、ドイツ最初の[[超弩級戦艦]]の艦級である。本級は1913年度計画で2隻、1914年度計画の2隻で計4隻の建造が承認されたが、「バイエルン」と「バーデン」のみ就役して残りは解体処分された。
 
== 設計 ==
[[File:SMS Bayern.jpg|thumb|left|200px250px|バイエルンを描いたイラスト。]]
本級の排水量は遂に3万トンを超える32,000トンにおよび、主砲はヘルゴラント級以来の30.5cm砲から一挙に38cm(15インチ)砲が採用された。ドイツは従来、英国よりもひとクラス小型の主砲を搭載してきたが、これで一気に英国に追いついた事になる。当初は3連装砲塔による火力増大が検討されたものの、先行して3連装砲塔を採用したオーストリア海軍の戦艦において揚弾などに不具合が生じたため、確実な動作を約束する連装砲塔を採用し、主砲口径の増大による火力の向上を図ったのである。この連装砲塔を背負い式配置で前後に2基、計4基を装備、副砲は最上甲板下の舷側部分にケースメイト配置で左右8門ずつ装備した。
 
 
== 艦形 ==
[[File:Bundesarchiv Bild 183-R17811R17062, Linienschiff "BayernBaden".jpg|thumb|left|300px250px|竣工時から戦訓による改装後の良を受けた「バイエルーデン」の写真。構造物は密閉化して多段化し、2番煙突後部に後部マストが設けられた。主砲塔上の白丸は味方識別マーク。]]
本級の船体形状は長船首楼型[[船体]]で、艦首水面下に浮力確保の膨らみを持つ艦首から甲板上に38cm砲を2門ずつ主砲塔に収め、1番・2番主砲塔が背負い式に2基ずつ構成されている。その後ろに装甲司令塔を組み込んだ[艦橋|操舵艦橋]]。本級の前部[[マスト]]はドイツ戦艦では初めて竣工時からと三脚型が採用され、頂上部に[[レンジファインダー|測距儀]]を載せた射撃指揮所があり、中段部に簡素な見張り所が三段に設けられていた。
 
 
== 防御 ==
[[File:SMS-Bayern-protection-scheme-EN.svg|thumb|left|300px250px|本級の装甲配置図]]
防御方式は前級と同じく全体防御方式を採用しており、艦首尾部までの舷側全体にまで装甲が張られた。水線中央部の前後部砲塔間の最も厚い箇所が350mm、艦首尾部では100mmであった。水線下に200mmから170mmにテーパーした装甲板が張られたが範囲は狭かった。艦内の水密区画装甲は50mm装甲が艦底部まで垂直に張られた。また、水線上部の中央舷側部にも180mmの装甲が張られており、ケースメイト式副砲部は170mmと重防御であった。主砲は最大350mm~250mmで天蓋部は120mm、バーベット部が甲板上に出ている箇所で前面350mm、背面250mmである。甲板部の水平防御は船首楼甲板:40mm、第一甲板:30mm、主防御甲板は傾斜部・平坦部ともに30mmである。艦底部は舷側バルジからのばされた二重底であり、この時代の水雷防御としてトップクラスの防御を持っていた。
 
 
== 艦歴 ==
[[File:SMS Sachsen (1916).jpg|thumb|left|250px|1916年に撮影された船体のみ完成した「ザクセン」]]
バーデンは1912年末、残る艦は1913年に起工した。ザクセンとヴュルテンベルクは進水したものの第一次世界大戦の終了までに完成せず、1920年から21年に建造所で解体された。
 
バイエルンとバーデンは1915年に進水し、[[ユトランド沖海戦]]には間に合わず実戦参加は僅かであった。バイエルンは[[アルビオン作戦]]中の1917年10月12日に[[リガ湾]]で触雷し破損した。バイエルンは大きく浸水し、19日後にようやく[[キール (都市)|キール]]に帰還した。休戦が成立すると、バイエルンとバーデンは[[スカパ・フロー]]に回航され、バイエルンは1919年6月21日に他の多くの艦と共に[[スカパ・フローでのドイツ艦隊の自沈|自沈]]した。バーデンは曳船によって浅瀬に着底され、沈没を免れた。その後1921年8月に[[イギリス海軍]]により標的艦として沈められた。
 
外見上、また性能要目上でのバイエルン級とビスマルク級の類似点は、連装主砲塔4基の配置と、3軸推進のみである。とはいえ、バイエルン級の基本設計は20年後に[[ビスマルク級戦艦|ビスマルク級]]に引き継がれており、艦内構成、特に防御要領には顕著な類似性を確認できる。とはいえ、外見上、また性能要目上でのバイエルン級とビスマルク級の類似点は、連装主砲塔4基の配置と、3軸推進のみである。
 
== 同型艦 ==
* [[ドイツ海軍艦艇一覧]]
 
{{Commons|Category:WorldBayern Warclass I battleships of Germanybattleship}}
 
== 外部リンク ==
5,996

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