「ニネヴェ (メソポタミア)」の版間の差分

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[[紀元前7世紀|紀元前632年]]、[[メディア王国|メディア]]と[[バビロニア]]と[[スキタイ]]の攻撃を受けてニネヴェは陥落し破壊された。その後も小規模の都市として存続したが、かつての重要性は失われ、一帯の中心は対岸の[[モースル|モスル]]に移った。なおモスルは現在も、[[クルド人]]からニネヴェ、[[ネストリウス派]]の[[アッシリア人]]からはニネワとよばれており、モスルを県都とするイラクの県、[[ニーナワー県]]もニネヴェの名に由来する。
 
== 旧約聖書 ==
旧約聖書では以下の四つで言及されている。<ref>新約聖書では言及がなく、[[マタイの福音書]]12章41節、[[ルカの福音書]]11章30節、11章32節で「ニネベ人」「ニネベ市民」という意味の「ニニューイテース」というギリシア語が使われている。</ref>
#ニムロデがニネベとケラフを建てた<ref>[[創世記]]10書12節</ref>
#ニネベを都としたセリナケブがこの都で殺された<ref>第二[[列王記]]19章36節、イザヤ書37章37節</ref>
#ニネベ陥落に関する預言<ref>[[ナホム書]]1章1節、ナホム2章8節、ナホム3章7節、[[ゼパニヤ書]]2章13節</ref>
#ニネベに使わされた預言者ヨナの物語。ヨナの宣教によってニネベの王と住民は悔い改めて、神の審判が回避された。<ref>[[ヨナ書]]1章2節、ヨナ書3章2節-7節、ヨナ書4章11節</ref>
==脚注==
<references/>
==参考文献==
*『[[新聖書辞典]]』[[いのちのことば社]]、1985年
 
{{Commonscat|Nineveh|ニネヴェ}}
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