「マラン・メルセンヌ」の版間の差分

m (ロボットによる 追加: br:Marin Mersenne)
メルセンヌが自身の公式で257以下の整数で素数として予想した10個の数字は、検証することなしに出されたものであり、結果としては半分の的中率であったが、逆に言えば勘だけで5つの素数を言い当てたことにもなり直感的に物事を捉える能力に秀でていたともとれる。
 
カソリック教徒であるメルセンヌはルネサンスの自然魔術やヘルメス哲学、カバラを嫌悪し、[[プロテスタント]]的思想の[[薔薇十字団]]を黒魔術師の団ないし思想的テロリストの陰謀結社とみなしていた。普段は温厚なメルセンヌもペンを持つと人格が変わり厳しく[[マルシリオ・フィチーノ|フィチーノ]]や[[ピコ・デラ・ミランドラ|ピコ]]や[[ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ|アグリッパ]]を罵倒した。そして、彼の攻撃は、同時代人の薔薇十字運動に加わっていた哲学者、[[ロバート・フラット]]にも向けられ泥沼化し、メルセンヌ・フラッド論争に発展する。
 
メルセンヌは数学だけでなく、宗教や音楽にも神の造りし秩序ある法則性をあてはめて捉え、科学と宗教を統合させようと試みた。1648年、59歳で肺脳腫によって死亡。
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