「英祖王統」の版間の差分

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[[おもろさうし]]によると、その最大支配領域は浦添を中心に那覇・泊・首里三平等と佐敷間切を除く南部全域、本部半島であったと思われる。
 
[[中期山北]]の初代国王となる[[湧川王子]]は[[英祖]]の次男、[[南山]]の初代国王[[承察度]]は[[英祖]]の五男の大里按司の孫であると言われ、後の[[三山時代]]の基礎となった王統とも言われる。