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| 監督年代 =
| 監督所属チーム =
| 主要レース勝利 = 共同通信社杯競輪 2007<br>日本選手権競輪 2010<br>SSシリーズ風光る 2010<br>共同通信社杯競輪 2007<br>KEIRINグランプリ 2010<br>西日本王座決定戦 2011<br>S級S班 2010-
| メダルテンプレート =
| 更新日 = [[20102011年]][[122306日]]
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'''村上 博幸'''(むらかみ ひろゆき、[[1979年]][[4月15日]] - )は、[[京都府]][[京都市]]出身の[[競輪選手]]。[[競輪選手#日本競輪選手会|日本競輪選手会]]京都支部所属。[[日本競輪学校]]第86期卒業。同期には[[井上昌己 (競輪選手)|井上昌己]]、[[稲垣裕之]]らがいる。師匠は兄でもある[[村上義弘 (競輪選手)|村上義弘]](73期)。ホームバンクは[[京都向日町競輪場]]。
 
== 経歴 ==
[[花園中学校・高等学校|花園高等学校]]在学中からインターハイや[[国民体育大会]]等で活躍し、日本競輪学校時代に86期生として入学する。同期に[[井上昌己 (競輪選手)|井上昌己]]、[[稲垣裕之]]らがおり、在校競走成績第10位で卒業した。デビュー戦は[[2001年]][[8月8日]]、[[奈良競輪場]]で迎え、初勝利も同日。またこの開催では完全優勝も果たす。
 
[[2004年]]の[[寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメント|寬仁親王牌]]([[前橋競輪場]])でGI・GII通じての初出場を果たす。以後はビッグレースの常連選手となるが、一次予選もなかなか突破できない状況が続いた。
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なお特別競輪の優勝で[[KEIRINグランプリ2010]]の出場権を獲得したが、後に兄の義弘も賞金で出場権を獲得したことからグランプリ史上初の兄弟出場となり、そして12月30日のグランプリ([[立川競輪場]])では最後バック過ぎから前を回る兄の後位より自力で抜け出し、直線では[[山崎芳仁]]と激しい一騎打ちを繰り広げほとんど同時にゴールラインを駆け抜けて写真判定に勝負の結果が委ねられたが、微差で1着となり初のグランプリ制覇を果たした。また、これにより村上博幸は2010年の獲得賞金が2億3,700万円となったことから当年の競輪賞金王にも輝いた<ref>[http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2010123000429 村上博が優勝、初の賞金王に=競輪GP] 時事通信 2010年12月30日閲覧</ref>。
 
[[2011年]][[2月]]に[[豊橋競輪場]]で行なわれた[[東西王座戦]]の西日本王座決定戦決勝でもグランプリ10同様に兄の義弘後位から抜け出し優勝している。
 
== 主な獲得タイトルと記録 ==