「李明 (李氏朝鮮)」の版間の差分

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'''懷平君'''(かいへいくん、フェピョングン、[[1827年]] - [[1844年]])は[[全渓大院君]]の長男で、[[哲宗 (朝鮮王)|哲宗]]の異腹兄、母は完陽府大夫人・崔氏。 [[1844年]]([[憲宗 (朝鮮王)|憲宗]]10年)[[中人]]出身の[[閔晋鏞]]が、懷平君を王位に推戴しようと謀叛を図るが事前に発覚して'''陵遅処斬'''されてしまう事件が起こった。懷平君も死刑に処されたが、後に弟・哲宗が登極すると、[[1858年]]懷平君に追封された。
 
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