「三菱ダイヤモンド・アワー」の版間の差分

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また当時、地方都市では民放テレビが1局しかなく、事実上[[クロスネット局|オープンネット]]状態であったことから、『三菱ダイヤモンド・アワー』として放映された中継を含めて、プロレス中継をネットした放送局も少なくなかった([[近鉄金曜劇場]]の項も参照)。
 
このころ、メインイベントに世界選手権級のタイトルマッチや[[ワールド大リーグ戦]]の試合が絡んでいた場合、主力選手に[[花束]]が贈呈されることになっていて「この番組の提供スポンサー・三菱電機(後年は[[鈴木自動車工業]]も)より花束が贈呈されます」とリングアナウンサー・あるいはテレビ実況席の解説者([[清水一郎]]・[[倉持隆夫]]・[[徳光和夫]]・[[芳の里]]・[[田鶴浜弘]]ら)から紹介された。このスポンサーからの花束贈呈は[[全日本プロレス中継]]初期のころにも引き継がれた。
 
=== 枠終了とその後 ===