「ミシルルー」の版間の差分

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[[1930年代]]以降、[[アメリカ合衆国]]に移民したギリシャ人とともにこの曲もアメリカに持ち込まれ、[[1940年代]]以降[[ジャズ]]や[[イージーリスニング]]の様々な楽団が独自の英語歌詞をつけて演奏するようになった。S. Russell、N. Wise、M. Leedsが英語の歌詞を書いている。
 
1941年に、ニック・ルーバニスNick Roubanis(Nikos Roubanis, Νίκος Ρουμπάνηςとも,ギリシア系アメリカ人の音楽のインストラクター)は作曲家として自分をクレジット表記しながら、この歌のジャズのインストゥルメンタル版をリリースした。1927年にテトス・ディミトゥリアデス(ギリシア語:Τέτος Δημητριάδης,ラテン文字転記:Tetos Dimitriades)によって歌われ、作詞・作曲がニック・ルーバニスとクレジットされ、ニューヨークで録音された音源があるため、ギリシアでは作曲者としてパトゥリノス以外にルーバニスの名もあがる。
 
特に[[1950年代]]以降は「[[エキゾチカ (音楽)|エキゾチカ]]」と呼ばれる、異国調を前面に出した[[ラウンジミュージック]]の一種におけるスタンダードナンバーとなった。[[1962年]]には[[ディック・デイル|ディック・デイル&デルトーンズ]]の演奏による[[サーフミュージック]]アレンジのミシルルーが全米でヒットしており、このバージョンが(「ミザルー」(Miserlou)のタイトルで)今日よく知られている。ディック・デイル版は各国のサーフロック・バンドにカバーされたほか、[[1994年]]の映画『[[パルプ・フィクション]]』で主題曲となり再び広く知られるようになった。
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