「エリ・カルタン」の版間の差分

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クルチ (会話 | 投稿記録)
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[[イゼール県]]ドロミューで、父親は鍛冶屋、母は絹織物工で、幼時より非凡な才能を示し、記憶力は抜群であった。
 
高等師範学校にすすみ、碩学[[エミール・ピカール]]などの講義をうける。[[ソルボンヌ大学]]も通い、グルサやエルミートの講義などに感激した。
 
25歳の時に出した学位論文「有限次元連続変換群の構造について」は学者としての地位を約束するものであった。この論文によりみとめられ、1894年、[[モンペリエ大学]]の講師に任命される。