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[[国土交通省]]の技術基準<ref>[http://www.mlit.go.jp/jidosha/kijyun/saimokubetten/saibet_004_00.pdf 国土交通省 - 道路運送車両の保安基準の細目を定める告示【2010.03.22】別添4(トラック、バス及びトレーラ用空気入タイヤの技術基準) ]</ref>においては、自動車用、オートバイ用ともにラジアルタイヤの場合には'''R'''、バイアスタイヤの場合には'''D'''若しくは'''-'''(ハイフン)、バイアスベルテッドタイヤの場合には'''B'''が使用される事とされており、このタイヤサイズ表記とは別に、サイドウォール上にもタイヤ構造が英文で直接明記されている場合も多い。
 
== モータースポーツ ==
ラジアルタイヤは1960年代より急速に市販車用タイヤとして普及したが、[[モータースポーツ]]の世界ではその後もバイアスタイヤが使われ続けた。これはバイアスタイヤと比べてラジアルタイヤはコーナリング時に限界速度域を超えた場合のグリップ変化が急なことや、耐久性が高い分タイヤが熱を持ちづらく(モータースポーツ用タイヤは通常発熱によりトレッド面のゴムを溶かすことでグリップする)グリップが安定するまで時間がかかること、また1レースで何セットものタイヤを使い捨てにするモータースポーツの世界では、市販車と比べ耐久性や燃費性能がさほど重視されないことなどが背景にあった。
 
このような風潮に対し、[[1977年]]に[[ミシュラン]]が初めてラジアルタイヤを[[フォーミュラ1|F1]]に持ち込む。ちょうどこの頃からF1は[[ターボチャージャー|ターボ]]エンジンの時代に突入しつつあり、それ以前の主流だった[[フォード・コスワース・DFVエンジン]](約500馬力)と比べて遥かに高い出力(1980年代後半には予選専用エンジンで約1500馬力にも達した)を発揮するターボエンジンのパワーを路面に伝えるために、それまで以上にタイヤの高速耐久性が求められるようになったことから、ラジアルタイヤは急速に普及した。オートバイの[[ロードレース世界選手権]](WGP)でも1980年代にミシュランがラジアルタイヤを投入。[[1985年]]に[[ランディ・マモラ]]が前後ラジアルタイヤを装着したマシンでWGP初勝利を記録し<ref>[http://motorcycle.michelin.co.jp/Home/Innovation/From-the-Track-to-the-Street/Radial 重要なイノベーション] - 日本ミシュラン</ref>、以後ラジアルタイヤが徐々に普及した。
 
日本でも[[1980年]]に[[ブリヂストン]]が[[全日本F2選手権]]で[[中嶋悟]]の車にラジアルタイヤを投入<ref>[http://mshistory.bridgestone.co.jp/prologue/1980/ ブリヂストンのF1チャレンジはこうしてはじまった] - BRIDGESTONE F1活動14年の軌跡</ref>。これに[[ダンロップ]]([[住友ゴム工業]])や[[ADVAN]]([[横浜ゴム]])も追随し激しいタイヤ戦争が起こるなど、複数のタイヤメーカーがしのぎを削るカテゴリーが相次いでラジアルタイヤ化されていった。
 
[[ワンメイク]]タイヤのカテゴリーではその後もしばらくバイアスタイヤが使われ、例えば[[フォーミュラ3000|国際F3000選手権]]は[[1991年]]まで[[クーパー・タイヤ・アンド・ラバー|エイヴォン]]製のバイアスタイヤが使われたが、レース用ラジアルタイヤの技術が確立しコスト・性能の両面でラジアルタイヤの優位が揺るぎないものになると、それらのカテゴリーも次々とラジアルタイヤに切り替わっていった。2011年現在、モータースポーツの世界からバイアスタイヤはほぼ姿を消している。
 
== 外部リンク ==
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