「カール・フォン・フリッシュ」の版間の差分

英語版(03:11, 7 March 2011)より。Cat+2
m (r2.6.3) (ロボットによる 追加: ro:Karl von Frisch)
(英語版(03:11, 7 March 2011)より。Cat+2)
1914年に[[第一次世界大戦]]が始まると兵役は免れ病院で働いた。1917年に病院の看護婦だったマルガレーテ・モーア (Margarete Mohr) と結婚し、後に3人の娘と1人の息子をもうけた。
 
1919年には講師として大学に戻り、ミツバチの「ダンス言語」のような複雑な行動の存在を明らかにした。1921年にミュンヘン大学と[[ロストック大学]]で教授となると魚類の聴覚について研究を行った。1923年に[[ヴロツワフ大学]]の教授を経て、1925年からミュンヘン大学の動物学研究所で働くが、[[第二次世界大戦]]中に大学が破壊されたこともあって、二度目の敗戦の後[[グラーツ大学]]に移った。1950年にグラーツ大学の後任教授に[[コンラート・ローレンツ]]を推薦し、動物学科を再建するためにミュンヘン大学に戻った。1958年にミュンヘン大学を退職後も一般向けに動物行動学、特にミツバチの生態に関して多くの本を書いた。
 
フリッシュの実験的で包括的な研究、ミツバチで発見された複雑な行動、魚類の鋭い知覚の解明、動物行動の理解への自然選択の導入は、その後の動物行動学者にとって非常に重要だった。1973年にそれらの功績に対して、ティンバーゲン、ローレンツと共にノーベル生理学・医学賞が贈られた。
{{DEFAULTSORT:ふりつしゆ かある ふおん}}
[[Category:オーストリアの生物学者]]
[[Category:動物行動学者]]
[[Category:動物学者]]
[[Category:動物行動学者]]
[[Category:ノーベル生理学・医学賞受賞者]]
[[Category:ノンフィクション作家]]
[[Category:ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンの教員]]
[[Category:グラーツ大学の教員]]
[[Category:ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンの教員]]
[[Category:ロストック大学の教員]]
[[Category:ヴロツワフ大学の教員]]
[[Category:ウィーンの人物]]
[[Category:1886年生]]
52,634

回編集