「金田伊功」の版間の差分

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[[航空自衛隊]]パイロットだった父親を見て育ち、自分もその道を熱望していたが、視力が悪く断念する。この時に映画『空飛ぶゆうれい船』の[[宮崎駿]]の作画に衝撃を受けて、アニメーション業界を志すきっかけとなる。高校2年生の時のノートには、当時好きだった[[テレビアニメ]]『[[アタックNo.1]]』のヒロイン・鮎原こずえのイラストが多数描かれていた<ref>「アニメの革命児 金田伊功」『[[MAG・ネット]]スペシャル』 [[NHK衛星第2テレビジョン]] [[2010年]][[8月14日]]放送。</ref>{{信頼性要検証|date=2010年8月}}。
 
アニメの通信教育を経て東京デザイナー学院のアニメ科で学び、東映動画(現・[[東映アニメーション]])の契約社員となる。[[1970年]]に同社のテレビアニメ『[[魔法のマコちゃん]]』で[[動画]]デビュー。東映動画を退社後、[[荒木伸吾]]のフリー集団のスタジオZ(第1期)<ref>「魔女っ子スタッフ人名録 荒木伸吾」『魔女っ子大全集 東映動画篇』たるかす編、バンダイ、[[1993年]]、p.147。</ref>、野田卓雄のスタジオNo.1を経て[[1976年]]にスタジオZ(第2期)<ref>「スタジオZ5の若き獅子たち」『[[アニメージュ]]』[[1981年]]8月号、徳間書店、p.89。</ref>、[[1980年]]にスタジオNo.1を結成して活動。[[1974年]]に野田が作画監督を担当した『[[ゲッターロボ]]』で原画として活躍してから[[1970年代]]半ばから『[[大空魔竜ガイキング]]』、『[[惑星ロボ ダンガードA]]』などの東映動画のロボットアニメ、『[[超電磁マシーン ボルテスV]]』のオープニングアニメに始まる日本サンライズ(現・[[サンライズ (アニメ制作会社)|サンライズ]])での『[[無敵超人ザンボット3]]』『[[無敵鋼人ダイターン3]]』といった[[ロボットアニメ]]や『[[サイボーグ009#アニメ作品|サイボーグ009]]』のオープニングアニメで注目を集める。
 
[[1980年代]]前半には『[[銀河旋風ブライガー]]』<ref>[[池田憲章]]「池田憲章のいいシーン見つけた! 第1回 『銀河旋風ブライガー』のオープニング」『アニメージュ』[[1982年]]1月号、徳間書店。</ref>などの[[J9シリーズ]]、『[[魔境伝説アクロバンチ]]』や『[[機甲創世記モスピーダ]]』などでオープニングアニメーションの仕事をし、[[山下将仁]]など金田の影響を受けたアニメーターを輩出した<ref name="modoki">氷川竜介「アニメーション表現の歴史 金田モドキの時代/第三世代・エフェクトアニメーターたち」『SFアニメが面白い』p.170。</ref>。[[1979年]]の劇場版『[[銀河鉄道999 (アニメ)|銀河鉄道999]]』以来、[[アニメ映画]]の仕事が増え『[[ヤマトよ永遠に]]』『[[地球へ…]]』『[[宇宙戦艦ヤマト 完結編]]』『[[幻魔大戦]]』などのアニメ映画に参加してメカ作画やエフェクトアニメを担当するようになった<ref>『動画王』p.197。</ref><ref>「スタジオNo.1 スタジオZ5の俺たちの10大ニュース」『アニメージュ』[[1983年]]2月号、徳間書店、p.34。</ref>。それらの作品の中には「スペシャルアニメーション」や「メカニック作画監督」と金田のために特別な役職まで設けられたものもあり、スターアニメーターとも言える地位を築いて<ref>[[氷川竜介]]「アニメーション表現の歴史 エフェクトの巨匠・金田伊功」『SFアニメが面白い』EYECOM Files編、アスキー、[[1997年]]、p.169。</ref><ref>[[竹熊健太郎]]『ゴルゴ13はいつ終わるのか? 竹熊漫談』[[イースト・プレス]]、[[2005年]]、p.135。</ref>、当時の[[アニメ雑誌]]では機会があるごとに金田の情報を取り上げた<ref>編集部コラム・編集(マ)の『アニメージュ』が愛したアニメ[http://animage.jp/column/col_09/col_09_main.html 「第10回 元祖スターアニメーター――金田伊功」] アニメージュ公式サイト [[2009年]][[5月25日]]。</ref>。熱心なアニメファンの中には金田を主役にした自主制作アニメを制作するグループまで現れた<ref>「アニメランド 自主制作アニメーションキンタマン東北で大評判 主役はあの金田伊功さん」『アニメージュ』[[1986年]]1月号、徳間書店、p.113。制作した4人グループ「アニメーションべろべろ」には[[玉川達文]]が参加。</ref>。1980年代半ばになると[[スタジオジブリ]]の宮崎作品の常連になり、主にアニメ映画の仕事をこなすようになっていった<ref>『動画王 Vol.1』</ref><ref>赤星政尚、月村了衛、山本元樹「ロボット アニメ殿堂入りスタッフ紳士録」『不滅のスーパーロボット大全』二見書房、[[1998年]]、 p.129。</ref><ref>『20年目のザンボット3』p.142。</ref><ref name="animev8806">「ギョーカイ噂の今さら友だちのWA! 金田伊功さんの巻」『アニメV』[[1988年]]6月号、[[学研ホールディングス|学習研究社]]、p.44。</ref>。
**[[ろぼっ子ビートン]](原画)
*1977年
**[[惑星ロボ ダンガードA]](オープニング原画・初期原画)
**[[氷河戦士ガイスラッガー]](原画)
**[[超電磁マシーン ボルテスV]](オープニング原画)
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